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なんにもないなんにもない…飯田線・秘境駅の旅いかが

2009年8月16日

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写真小和田駅に到着した飯田線の列車。降りる人はいなかった=浜松市天竜区水窪町地図拡大  写真緑に包まれた三河槙原―柿平間を通る飯田線の列車。線路下は宇連川=愛知県新城市豊岡写真中井侍駅近くの険しい山間部を走る飯田線の列車。奥に見えるのは天竜川=長野県天龍村

 愛知県から静岡、長野両県へと向かうJR飯田線が、「秘境駅」の宝庫として静かな人気を集めている。商店どころか民家もなく、中には自動車で近づくことすらできない、常識を覆す駅たちだ。そんな駅をはるばる訪ねる人がいれば、駅を守る住民もいる。この夏、身近な「別世界」に足を踏み入れてみてはどうだろう。

 豊橋を発車して約1時間半。静岡との県境に近づくと、車窓から見えるのはクリームがかった緑の天竜川と、生い茂る木々ばかりだ。まばらに座る乗客は、駅に着くと自分でドアを開けて乗り降りする。

 さらに約40分。愛知、静岡、長野3県境にある小和田(こわだ)に着いた。皇太子妃雅子さまの旧姓と同じ字を書くとあって、成婚時には観光客が詰めかけた。あれから16年。駅前にある人工物は、廃屋と「愛」と書かれた2人がけのイスぐらいだ。初めて訪れたという東京都渋谷区の会社員、鴫原(しぎはら)規雄さん(46)は「本当に何もないですね」とうれしそう。「東京は人が多くて列車も満員。日常とかけ離れた所に行くことが旅だと思うんです」

 ダム湖沿いに山道を約20分歩くと、1軒の民家が見えた。宮下繁江さん(83)は夫と暮らしながら、駅の掃除もしている。「秘境駅」と言われることに、「それは秘境なんだからしょうがないよ」と一笑する。「見るものは何もないんだけど、2度3度と来る人もいるよ」という。

 天竜川沿いは尾鷲(三重県)や吉野(奈良県)と並ぶ「3大人工美林」として知られ、飯田線もかつて林産品を輸送していた。しかし、60年代以降は輸入材に押され、過疎化が進む。水力発電のため56年に造られた佐久間ダムでは、一部の集落が水没し、小和田などの駅が残された。

 次の列車が来たのは2時間後。隣の中井侍(なかいさむらい)では、25度という急斜面にへばりつくような茶畑がある。水はけが良いうえ、切り立った山々と天竜川の川霧に日光が遮られ、渋みのない上質なお茶が採れるという。希少な「中井侍銘茶」を生産する原田幸文さん(68)は「昭和の初めは今の倍ぐらい家があって、盆暮れの飯田線は超満員だった。『秘境』はどうかと思うけど、話題になるのはいいことだし、複雑だね」と話す。

 最も利用客が少ないと言われる金野(きんの)で聞こえるのは、がけ下を流れる清流のせせらぎだけだ。幅2メートルほどの待合所の壁に「秘境駅金野にようこそ。ごみは持ち帰って」との張り紙があった。書いたのは、歩いて約15分先の民家で暮らす増田昇さん(61)、そのさん(58)夫妻。約10年前に首都圏から移り住み、無農薬野菜の栽培などに取り組んでいる。

 「ここは、昔どこにでもあった日本の田舎が残っている。そこに家族のように付き合える人がいれば、何度でも来たくなるでしょう」と、地元の長野県泰阜村とともに、レストラン兼宿泊施設の建設を目指しているそうだ。

 こうした駅の待合所には、訪問者が感想を書きつづる「思い出ノート」が置かれている。小和田では「みずみずしい緑のにおいに癒やされます」との声のほか、「彼氏がいるとわかっていながら、好きになってしまった」と恋の悩みも。中井侍での書き込みは、今年だけで100件を超える。名古屋からの訪問客は「優しいおじさんに一番茶の茶摘みを見せてもらいました」、愛知県新城市からの訪問客は「新緑の中、風と川の音だけ。秘境駅は日本の心です」と書いていた。

     ◇

 「秘境駅」という言葉は、広島県三次市の牛山隆信さん(42)のホームページと本「秘境駅に行こう!」によって知られるようになった。全国にあまたあるローカル線の中でも飯田線の評価は高く、上位40駅に小和田など6駅が入っている。人気漫画「鉄子の旅」でも飯田線の駅が紹介され、さらに知名度が上がったようだ。

 なぜ秘境駅に引かれるのか。牛山さんは「観光地に旅をすれば、売り手が何でも与えてくれる。でも、先の見えない時代だけに、『何でこうなっているのか』『昔はどうだったのか』などと思いをめぐらせ、答えを探していく旅があってもいいんじゃないか」と話す。

 JR東海も、飯田線の活性化に「秘境駅」を利用しようとしている。07年から長野県飯田市で「飯田線検定」を実施しており、8月1日にあった第3回検定は東海3県をはじめ東京、大阪などから84人が受検した。今年は初級、中級、上級にクラス分けし、テストに出題されそうな「参考問題」を、あえて小和田や中井侍、為栗などの駅に張り出した。問題は「『三河』とつく駅はいくつある?」(答えは5駅)「小和田駅で十二ひとえの結婚式があったのはいつ?」(答えは03年)などだった。

 朝日旅行(大阪市)は今年3月、小和田や田本、金野などを1泊2日で巡る「飯田線各駅停車の旅〜天竜川と秘境駅編」を実施。定員13人のところ12人が参加した。(山吉健太郎)

     ◇

 〈JR飯田線〉 総延長195.7キロの単線(豊橋―豊川間は複線)で、94駅ある。もとは豊川鉄道、鳳来寺鉄道、三信鉄道、伊那電気鉄道の私鉄4社による路線で、43年8月に旧国鉄が買収した。特に険しい峡谷の三信鉄道区間の建設は、アイヌ民族の測量隊の功績が大きかった。また、長野県伊那市の赤木―沢渡間には、全国のJRで最も急な勾配(こうばい)(40パーミル=長さ1キロで40メートル上がる)がある。

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