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機関車模型50年かけ完成 元国鉄マン、思い出のC59

2010年6月26日

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 かつての国鉄マンが本物の蒸気機関車の設計図をもとに、50年かけて精巧な模型を完成させた。次々に姿を消す機関車を見送りながら「その雄姿を後世に残したい」と作り上げた。岩美町役場で展示中で、7月からは町観光会館に場所を移し、JR岩美駅開業100周年のイベントがある7月31日まで飾られる。

 模型を手がけたのは鳥取市湖山町北3丁目の山下勇さん(83)。学生時代は通学路で機関車を見るのが楽しみだった。「力強さにあこがれた。誰もが機関車好きで、線路を通ると折り重なるようにして見入った」と懐かしむ。

 国鉄に就職し、1945年に機関士になった。初めて機関車を運転した時には、振り返ると何両もの客席が連なってついてくる光景が胸に焼き付いた。因美、山陰、若桜の各線で10年ほど機関士をした後、車体を検査する部門に配属された。ディーゼル車や電車が登場し始め、車検が切れた機関車は廃車に。「その姿を残さなければ」と模型作りを思い立った。

 選んだのは「C59形」。1940年代に製造され、昭和40年代まで東海道線や山陽線などで活躍した。米子の鉄道局に通い詰めて設計図を書き写し、10分の1に縮小した図面を1年がかりで作製。鉄を加工する機械や工具の購入には自家用車を買うための貯金を充てた。自宅に模型作り専用の小屋も建てた。

 精密さを極めるために車輪やシリンダーは鋳物にしたかった。鉄を流し込む型を作る業者を訪ねては断られ続けた。設計図を持ち込んで「どんなに時間がかかってもいいから」と頼み込み、実現した。

 国鉄時代に定年を迎え、その後もコツコツと手を動かした。「一つの部品が出来上がる度に喜びが味わえる」。そして昨年、ついに機関車が完成した。機関車を知らない子どもたちに見て欲しいと、声がかかった岩美駅のイベントでの展示を引き受けた。

 いま余った部品で県内を走っていた日本初の国産機関車8620形の制作に取りかかっている。「熱中できるものがあるから元気でいられる」と山下さんは笑顔で話す。(西村圭史)

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