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千戸市場(チョノシジャン)に一歩入ると、そこには70年代の風景が。 |
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「鉄原家」「原州家」「全羅道家」など、地方色豊かな看板が並ぶ一杯飲み屋街。 |
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市場の奥まった一角で、お焼きをチリチリと煎り付けるおばちゃん。 |
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市場の奥の奥にある屋台街。日が暮れないうちからマッコルリを乾す人たちで賑わう。 |
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マッコルリとテジモリ(豚頭スライス)が私の定番メニュー。これで約500円。 |
ソウルに取材に来る人たちの多くが、その日の取材を終えてからの“アフター”を楽しみにしています。私が飲み食いが大好きなので、自然と夜のコーデイネートも任されることになるのですが、最近はリピーターが増えているので、仁寺洞(インサドン)で焼肉→民俗酒場のようなありきたりのコースでは、物足りなく思う人がいるのも事実です。
困りはてた私は、思い切って地元・江東区(カンドング)を案内することにしました。江東区は東京で言えば、足立区や台東区に近い雰囲気のいわゆる下町。ガイドブックにはほとんど載っていないエリアです。当初は、庶民的すぎて受け入れられるかどうか不安だったのですが、これが大変好評で私も驚いています。
そこで、今回は私が住む江東区の吉洞(キルドン)の隣町である千戸洞(チョノドン)のディープな散歩コースをご案内しましょう。
千戸洞は漢江(ハンガン)を東に上ったソウルの外れに位置し、都会から田舎の風景に切り替わる一歩手前にあります。「千戸」という名前は、この地が1963年に京畿道広州郡からソウル市に編入されたときに付けられたもので、「数千戸の町になるように」という願いが込められているそうです。
下町散歩のスタートは千戸洞の交差点。現代百貨店を背に左手に歩き、Eマート(大型ディスカウントショップ)を通り過ぎ、最初の通りを左に入ります。ここは私が知っている東京の風景で言えば、北千住駅東口の商店街に似ていたところなのですが、一年前に歩道が整備されロデオと呼ばれるしゃれた通りに変わってしまいました。東大門市場もどきのファッションビル、化粧品店、ファーストフード店、居酒屋、ナイトクラブなどがひしめく様子は、アカ抜けしない明洞(ミョンドン)といったところでしょうか?
ロデオのつきあたりから下町散歩もいよいよ本番。くたびれたビーチパラソルの下で、おばあちゃんたちが野菜や果物を商う露店が集まっているところが千戸市場の入り口です。1936年、漢江に広津橋がかかり、このあたりは郊外の広州、河南、利川、驪州などからソウル(当時の京城)に入って来る人たちの陸路交通の要衝として栄え始め、1968年に市場として整備されました。1976年には広津橋の西側に千戸大橋が完成し、千戸の中心地が現在の現代百貨店の方に移ると、千戸市場は活気を失います。しかし、規模こそ年々小さくなるものの、アセチレンランプを灯(とも)した店が連なる現在の様子は、往時を偲(しの)ばせます。布団屋さんの向かいが犬肉屋さん、その隣りが瀬戸物屋さんという無秩序さも中規模市場ならではですね。この雰囲気は地方の市場に行かないとなかなか味わえません。
市場を左手に進むと、壁沿いにテポチプと呼ばれる一杯飲み屋が5〜6軒並んでいます。ここは入り口のガラス戸を新調したりしているものの、私が子供の頃、母に連れられてきたときに見た70年代の飲み屋の風景がそのまま残っています。外国人には入りづらく感じられるかもしれませんが、そんなことはありません。市場の飲み屋というのは買い物ついでに誰もが気軽に立ち寄れるところです。70年代風テポチプに似つかわしいお酒は、焼酎でもビールでもなく、やはりマッコルリ(どぶろく)。モツ焼きやスンデ(腸詰)をつまみに、軽く一杯ひっかけて下町散歩を続けましょう。
一番右奥のテポチプの向こう側には、千戸テキサスと呼ばれる紅灯街(色街)が広がっています。「青少年通行禁止」の看板と監視カメラがなんともものものしいですね。60年代初頭、近くに軍の駐屯地があった関係で自然発生的に色街が形成されたと言われています。かつては200以上もの飾り窓が連なり、ソウル北部の彌阿里(ミアリ)や西部の永登浦(ヨンドゥンポ)などと並ぶ3大テキサス、5大テキサスのひとつとして賑(にぎ)わいましたが、90年代後半に未成年者の雇用が摘発され多くの店の灯が消えました。昼間はゴーストタウンのような静けさで、色街であることを知らなくても、そこにたたずむのがためらわれるような澱(よど)んだ空気が漂っています。今でも数軒が密かに営業を続けているようですが、再開発によってまもなく跡形もなくなる運命です。ここは深入りせずに、市場の側から様子をうかがうだけにして立ち去りましょう。
テポチプのつきあたりに向かって右方向、日本人なら戦後の闇市を思い出すような老朽化した店構えの惣菜屋さんやジョン(お焼き)の店を左手に見ながら、ビニールの雨よけで覆われただけの通路を50メートルほど歩くと陽の当るところに出ます。たいていの日本人はディープな世界から抜け出したようで、ホッとするようです。T字路を左折したところには冷麺専門店が7、8軒集まっています。冷麺は元々、平壌など朝鮮半島北側の郷土料理です。この専門店街も朝鮮戦争のときに現在の北朝鮮地域から避難してきた人たちによって形成されたという説がありますが、定かではありません。
冷麺専門店街を後にして、再び闇市風の店が連なる細い路地を抜けると、そこには屋台街が広がっています。ここが千戸市場散歩のハイライト。外国人観光客を意識した南・東大門市場の屋台とはまったく雰囲気の違う、韓国庶民の生活感があふれる一角です。14〜15人は座れそうなコの字型の黄色いカウンターが4基あり、4人の働き者のアジュマ(おばちゃん)が切り盛りしています。アルコール類はもちろん、冷麺、豚足、豚皮焼き、蒸しエイ、春雨炒めなど料理も豊富なので、ここで腰を落ち着けて一杯やるのもいいでしょう。ここで飲んでいる下町っ子たちは人なつっこいので、「この焼酎を飲み干してみろ」とか「この(辛い)唐辛子を食べてみろ」など、なんだかんだと世話を焼いてくれるかもしれませんよ(笑)。
今回ご案内した千戸洞はソウルの東の外れとはいうものの、日本人がよく利用するウォーカーヒルホテルからはタクシーで5分くらい、ロッテワールドからはタクシーで15分くらいのところです。韓国の“サラムネムセ”(人の匂い=活気)を感じたかったら、ぜひ一度“ウリドンネ”(我が町)に遊びにいらしてください。