納涼マッコルリとエイの刺身

2006年07月31日

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エイの本場・黒山島(フクサンド)のホンオフェとマッコルリ。国産エイは高価で一皿10万ウォン以上する。

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ソウル千戸洞(チョノドン)のエイ専門店のホンオフェ。焼肉のようにサンチュで巻いていただく。

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行きつけの居酒屋「木浦チプ」のホンオフェと長寿マッコルリ。エイはチリなど南米産で1万ウォンほど。

 一年の三分の一は地方取材に出ているため、ソウルにいる間はいつも原稿書きや取材手配などの仕事に追われています。デスクワークが続くと息がつまりますね。そんなときの私のちょっとしたパラムセロ(風を浴びること=気晴らし)が「洪濁(ホンタク)」です。

「洪」はホンオ(洪魚=エイ)、「濁」は濁酒、つまりマッコルリのこと。そう、ホンオフェ(発酵エイの刺身)をつまみにマッコルリを飲むことを「洪濁」というのです。

 いつもの居酒屋に立ち寄ります。この店には冷房がありません。暑さでさらに発酵が進んだエイのツンとした匂いが、店の入り口にまで漂っています。ただ熱気をかき混ぜるだけの扇風機の下で、冷え冷えのマッコルリをごくり。ソウルで流通している「長寿マッコルリ」は、南部地方のものと比べるとコクはありませんが、炭酸と甘味のバランスがよいので、グイグイといけます。

 店のハルモニ(おばあちゃん)が切り分けたホンオの刺身が出てきました。発酵が進んだ淡いピンク色のその身は、冬以上に神聖な香りを放っています。ホンオは舌ではなくノドと鼻で味わうもの。まずは甘辛いタレをつけずにひと口。息を吸うと、ゴホゴホとむせ返りそうになりますが、これこそホンオの清涼感です。発酵が限界まで進んだものを食べると、口の中の薄い皮がぺろりとはがれるほど。暑さでモヤッとした頭がたちまちすっきりします。身はプリプリと弾力があり、軟骨はコリコリとして「噛む味」を大事にする韓国人に幸せな時間をもたらしてくれます。

 韓国料理は好きなのにホンオだけは苦手という日本人は少なくありません。そんな人に私はあえて「食通を気取っているくせに、まだまだ舌が子供ですねぇ」と言って、チャレンジ精神を刺激してあげます。私も日本留学時代は、発酵させた大豆をそのまま食べる「納豆」にとまどいましたが、“練習”を重ねているうちに病みつきになり、今では日本の居酒屋で、醤油をたらして刻みネギをかけた納豆を嬉々としてかき混ぜています。先日、台湾で「臭豆腐(チョウドウフ)」という発酵食品をいただき、ストレートに解憂所(厠)を連想させるその香りにたじろぎましたが、二度目に「あれっ?」と感じ、三度目のときは「また食べたい」と思うようになりました。韓国人は発酵味に慣れているので、日本人よりなじみやすいのかもしれません。

 ホンオは食の都と呼ばれる全羅道(チョルラド)地方、なかでも南道で多くが消費される食材です。全羅道人がホンオを好む理由にはさまざまな説があり、そのひとつがストレス解消説です。昔から外国や中央政府による収奪の対象だったり、政争に破れた者たちの流刑地だった南道では、人々のストレスをホンオェの刺激とマッコルリが癒していたというのです。五感に訴えかけるようなホンオの強い刺激を思うと、奇説とも言えない気がします。私の場合は、単行本の原稿が遅々として進まないというスケールの小さいストレスなので、「洪濁」が充分な効果を発揮してくれているようです。

 ボトルの底に澱んだマッコルリの一番美味しい部分をサバル(お椀)に注いでいると、ハルモニがホンオタン(スープ)を出してくれました。エイの身やアラ、唐辛子がたっぷり入った、揮発性あるメウンタン(魚の辛味汁)です。スプーンでひと口含むと、メッコンマ(辛味)とサッキンマ(発酵味)のホットな調和に思わず声が出てしまいます。「あぁ〜シウォナダ!(涼しい=スッキリするの意)」。これぞ「以熱治熱」(イーヨルチーヨル=熱をもって熱を制す)。韓国人は辛いもの、熱いものを食べると発汗によって「涼」を感じるのです。

 日本人にとってホンオは、ハードルの高い料理かもしれませんが、発酵味こそ食都・南道の、韓国の味覚の精髄。ホンオを抜きに韓国料理は語れません。私の知り合いの日本人でも、お酒が好きな人のほとんどがホンオのとりこになっています。この夏、韓国を訪れるみなさんにも果敢に挑んでもらいたいですね。



【プロフィール】

鄭銀淑 チョン・ウンスク(JUNG EUN SOOK)

1967年生まれ。世宗大学院修士課程修了後、日本に留学。訳書に 『家庭で作れる「チャングム」の韓国宮廷料理』『コリアン・ダイエット』(光文社)『シルミド』『ボクが捨てた北朝鮮 生活入門』(幻冬舎)。 著書に 『図解アッと驚く北朝鮮!』(三笠書房)『一気にわかる朝鮮半島』(池田書店)など。

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