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島旅たび

サザエの道に昔の香

答志(とうし)島(三重県)

2006年11月10日

 神の国、伊勢鳥羽の鼻っ先。伊勢湾の波に遊ぶワカメのような形の島がある。答志の名は「万葉集」「和名抄」にすでに見えるが、語源は「たぶさ(手房)」らしい。腕のように長い島の意味か。古人(いにしえびと)の空想豊かな鳥の目がなぜかうれしい。

写真魔よけの「○に八の字」の印
イラスト答志島(三重県)
地図【交通】▼鳥羽市営定期船で、同市の佐田浜港から和具港、答志港。1日8〜9便、和具港まで約20分、答志港まで約40分(直行便は約20分)。530円、小学生270円。未就学児は同伴の大人の人数まで無料。▼佐田浜港から桃取港。1日9便、約13分。430円、小学生220円。【宿】和具地区に27軒、答志地区に17軒、桃取地区に3軒。※面積約7平方キロ、周囲約26キロ。人口約3000人。

   ◇

 鳥羽市の港から定期船に乗り、朝食代わりの「赤福」をつまんでいるうちに島に着いた。答志港の通りを一歩入ると、狭い路地を挟んで家々の軒が折り重なるように奥に続いている。路地はギクシャクと入り組んで、まるで迷路のようだ。

 「路地はサンデ(サザエ)の底という。グルグル回って行き止まりになるさかい。ほんで、路地の入り口はハナイチ。サザエの蓋(ふた)のことや」

 ハナイチの角で、佃煮(つくだに)の店をやっている「浜与」の浜崎満慶さん(59)が笑う。「浜与」は新鮮な島の魚介にこだわり、カキの佃煮や漂白していない黒チリメンなどで頑張っている。

   ◇

 サンデの底の集落は、時空を過去にスリップさせるタイムトンネルだった。棟割り長屋のように連なる家々から、話し声や食事のにおいがもれてくる。路地裏には、駄菓子屋や雑貨屋、洋服屋、食堂、郵便局、銭湯までのみ込んでいる。路地の角から日に焼けた子どもたちが駆け出してくる。主婦が洗濯をしている。お年寄りが手押し車を押して歩いている。懐かしい光景に胸がジーンとくる。

 「この車か? じんじろ車や。昔からある」

 昭和の初め、鍛冶屋(かじや)の甚次郎さんが考案したから「じんじろ車」。昔は、車輪も台も鉄で作られていた。いまでは、しっかり島の名物になっている。暮らしが変わっていないから、昔の道具が生きている。時代を作るのも、大事に守っていくのも人間の心根一つ。人情の濃い島だ。

(文・イラスト 遠藤ケイ)

見どころ

見どころ

 鳥羽港から北東へ約1.5キロ。答志、和具、桃取の3集落からなる。15歳になった若者が一軒の家(寝屋)に共同生活をする「寝屋子制度」が受け継がれているなど、歴史が息づく島だ。「若い衆」は終生、兄弟以上の付き合いをする仲になり、いまでも漁業の町を支える原動力になっている。市の無形民俗文化財指定。

●塩ワカメ作り

 2〜5月、和具港で見られる風物詩。何十基もの釜から潮の香の湯気が上がる。特産品のワカメをゆでる香りが、環境省の「かおり風景100選」に選ばれた。

●答志島スカイライン

 鳥羽十景の一つ。山と海に囲まれた約6キロで、鳥羽湾を一望できる。

●八幡神社

 大祭は旧暦の1月17〜19日。中日の弓引神事の後、盛り上がりは最高潮に。運ばれた神聖な黒墨を奪い合い、その墨で家や船などに安全祈願と魔よけの「○に八の字」を書く。八幡神社の氏子の印で、島中のいたるところに「○八印」が見られる。

●西泉(にしご)の井戸

 わき水があふれ、共同洗濯場として使われている。

◆案内

 鳥羽市役所     問い合わせは0599・25・1157

 鳥羽市定期船課  問い合わせは0599・25・4776

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