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島旅たび

カンカン部隊、肝っ玉

志賀(しかの)島(福岡県)

2006年11月17日

 夜まだ明けない早朝4時。そこだけこうこうと電気がつく漁協市場に、まるで明かりに群がる蛾(が)のように闇から人が集まってくる。みんなおばさん。おばあさんもいる。ナイロンのヤッケに前掛けを締めて、長靴姿で元気がいい。あっという間に30〜40人になった。博多名物の女行商人。俗にいうカンカン部隊の一団で、筋金入りだ。

写真金印のモニュメント
イラスト志賀島(福岡県)
地図【交通】福岡都市高速1号の香椎から県道で志賀島。約20分。▼西鉄バスで天神郵便局前(18A乗り場)から志賀島。約1時間。500円。小学生250円。▼福岡市営渡船で博多港から志賀島港。1日16便。約33分。650円、1歳〜小学生330円。市客船事務所、問い合わせは092・291・1085。
※面積約6平方キロ、周囲約11キロ。人口約2200人。

   ◇

 「今日も来とっとか。きのうは魚がなかとやったもんなあ」

 思いっきり肩をどつかれた。昨日は志賀海神社の祭りで漁が休みだった。漁師たちは朝から酒で顔を赤くして騒ぎ、女たちは潮焼けした顔に白粉を塗り、唇に紅を差したが、一夜明ければ男は暗い海に、女は普段の肝っ玉母ちゃんに戻る。

 島は1914(大正3)年に大火災に見舞われた。人家の半分が焼けた。失意の中で立ち上がったのが、女たちだった。島で獲(と)れる魚をカンカン(一斗缶)に入れて天秤棒(てんびんぼう)で担ぎ、あるいはリヤカーを引いて博多の町を行商して歩いた。それぞれ決まったお得意さんができ、来るのを待っていてくれた。

 「地の魚を朝一番のセリで仕入れ、その足で売りに行く。新鮮でお得意さんに喜ばれるとよ。一日行かんと『何ばしとったと』と怒られる」

 行商50年の宮本民子さん(80)が言った。女行商人は40人。昭和30〜40年ごろには100人近くいた。

   ◇

 この日、市場にはサヨリ、タイ、タチウオ、カレイ、サゴシ(サワラ)などが並んだ。市場にダミ声が響く。女衆の手が上がり、指が動いて次から次とセリ落とされていく。山と積まれた魚箱は30分足らずではけた。

 セリ落とした魚をその場で腹を裂いて内臓を抜き、ウロコを落として氷詰めにする。空がうっすら白んできた。志賀島発博多行きの一番の渡船が6時25分に出る。

(文・イラスト 遠藤ケイ)

見どころ

見どころ

 博多湾の北側。以前は干潮時に砂洲でつながっていたが、現在は橋がかかり、島に渡る「海の中道」はリゾート地として開発されている。

●金印公園

 1784(天明4)年、島の水田の石の下から「漢委奴国王」(かんのわのなのこくおう)と刻まれた金印が出た。西暦57年、後漢の光武帝が倭の奴国王に与えたものといわれ、邪馬台国と大陸の歴史ロマンを秘めている。園内には金印のモニュメント=写真=があるが、国宝指定の実物(高さ2.2センチ、一辺の長さ2.3センチ)は福岡市博物館に展示されている。

●万葉の碑

 万葉集に多く詠まれ、「万葉の島」といわれるほど。しかのしま資料館、蒙古(もうこ)塚などの観光スポットを中心に、防人たちが詠んだ歌碑が10基建っている。島を一周しながらの碑巡りも楽しい。

●潮見公園

 標高176メートルで、島の最も高い場所にある。玄界灘から博多湾の360度の視界、博多の街の夜景が満喫できる。

◆案内

 福岡市役所               問い合わせは092・711・4111

 福岡観光コンベンションビューロー  問い合わせは092・733・5050

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