モンゴル

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 モンゴル国はアジア大陸のほぼ中央部、平均標高約1600メートルの高原地帯にある。北はシベリアに接し、中央から東に草原地帯、南にゴビ砂漠が広がり、西に標高4000メートル級のアルタイ山脈が連なる。このモンゴル高原で、紀元前3世紀末に東アジア初の騎馬民族国家を興した匈奴をはじめ、鮮卑、烏桓、柔然、突厥、ウイグル、契丹、モンゴルなどの遊牧民族が興亡の歴史を残した。

 13世紀初頭、チンギス・カンの築いた世界史上空前の大帝国モンゴルは、わずか半世紀でアジアの大半と、西はヨーロッパの一部にまで覇権を拡大した。1235年、第二代皇帝オゴデイが建設した帝国初の首都カラコルム(ハラホリン)は、多数の人々が往来する国際都市として繁栄した。現在、その遺構が首都ウランバートル西方約350キロのオルホン河畔にあるが、当時をしのぶ遺物は少ない。

 【ウランバートル】国内総人口約250万のうち約85万人が住み、高層ビルが林立する近代都市。市内のメーンストリー後は、旧国営デパート、中央郵便局、各国大使館のあるエンフタイヴァン大通り。通り沿いにあるスルバートル広場は、博物館やオペラ劇場などに近く、観光の起点になる。

シルクロード観光案内

スフバートル広場

革命の英雄像が立つ

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 「建国の父」とされるスフバートル(1893〜1923年)の名が冠された東西100メートル、南北250メートルの広場。  1921年、モンゴルは独立を宣言。スフバートルらはモンゴル人民党を20年に創設し、翌年七月に樹立された新政府で陸軍大臣兼全軍司令官になる。だが、23年に若くして急死する。翌二四年、人民共和国樹立でニースレル・フレーから改名されたウランバートルは、スフバートルの名に由来する。広場は四六年に建設され、周囲の政府庁舎、オペラ劇場、科学アカデミーは、第二次大戦後に抑留された日本人によってつくられた。  広場の中央部に、太い鎖に結ばれた一四頭の獅子像に囲まれ、馬上姿のスフバートル像が立つ。
●ウランバートル駅から車で約10分

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チンギス・カン

英雄の名を冠した

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 名は体を表すというが、「チンギス・カン・ホテル」はモンゴルの英雄の名を冠しただけあって、堂々たる構えである。そびえ立つという感じは、日本のホテルにはないものだ。

 秋篠宮ご夫妻や国連の事務総長が泊まったところだけあって、諸設備がととのっている。東京の高級ホテルと比べても、遜色がない。

 エアコンがあり、テレビがCNNやBBCのほか、NHKを24時間見ることができる。

 セレブにもおすすめだ。
●住所:Tokyo street−5,Ulaanbaatar−49
●電話:011−313380
●料金:シングル76USドル〜

2005年12月01日

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