銀川、カラホト(中国・11)
銀川(ぎんせん)(人口約93万)は中国北西部、内蒙古(内モンゴル)自治区と接する寧夏回族自治区(人口約570万)の区都である。自治区の面積は、約6.6万平方キロ。九州と四国をあわせた広さで、中国北西部では小さな行政区のひとつだ。市の北西約30キロに万里の長城がある。
銀川には西夏(せいか)王国の都・興慶府(こうけいふ)が置かれ旧市街地域に史蹟が残される。市の西側約40キロの賀蘭山(がらんざん)東麓に、西夏王陵の巨大な墳墓が点在する。かつては内モンゴルから敦煌(とんこう)も含む河西回廊(かせいかいろう)一帯が、西夏王国の領域だった。
カラホトは、九世紀に西夏王国によって造られた城塞(じょうさい)都市。銀川から直線距離にして北西へ約800キロに位置し、当時は中国でも有数の都市として繁栄していたが、モンゴル軍によって滅ぼされ、城塞は明(みん)代初期に廃棄された。現在は砂漠の中に、仏塔やモスクなどの遺構が残る。
【銀川】銀川を区都とする寧夏回族(ねいかかいぞく)自治区は、人口の約3分の1をイスラーム教徒(回族)が占めている。東に黄河が流れる銀川周辺には、旧石器時代から人々が生活していたが、ここに町が開かれたのは唐代(7世紀頃)のこと。この地域は古くから中原に都を構える中国の王朝と、草原の遊牧民族が交わる場だった。町が発展したのは、1038年に興慶府と名づけられた西夏王国の首都がここに築かれてからだ。現在は商工業を中心に、中国北西部の中心都市として開発が進められている。
西夏王陵
西夏王国の陵墓が点在する
市の中心部から西郊外へ約40キロ、賀蘭山の東麓に、西夏王国の歴代皇帝陵が点在している。陵墓は全部で9つ。それぞれに陪葬墓が付随しており、その数は70基以上に及ぶといわれている。現在、一般に公開されているのは、その中でもっとも大きい3号陵。墓碑や地上にあった建築物が破壊されてしまったので、正確にはわからないが、西夏(大夏)の建国者である李元昊のものといわれている。併設の西夏博物館には西夏時代の出土品が収められており、西夏興亡の歴史を描いたジオラマや陵墓の復元模型などもある。
●7時〜19時30分(冬季は8時〜18時)、無休、36元(1元=約14円)。銀川市街から車で約40分。
(写真)海宝塔の最上階から銀川市街を遠望する。遠くに見えるのが新城区(新市街)。
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[銀川]太陽神大酒店
開業3年目、施設も新しく居心地抜群の四つ星ホテル
銀川市の中央を東西に貫く北京東路に面しているので、交通は至便。周辺観光の拠点としておすすめのホテルだ。
ちょっと変わったホテルの名前は、銀川郊外の賀蘭山にある一万年以上前に描かれたといわれる「太陽神」の岩画に由来している。
香港と外国資本の会社が運営しており、近隣では珍しく洋風に洗練された香港スタイルのサービスを提供してくれるのも魅力だ。
●住所:銀川市北京東路123號
●電話:0951−7868888
●料金:スタンダードシングル・ツインとも498元〜
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2006年07月13日
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