洛陽(中国・15)
洛陽(らくよう)は黄河の中流域、河南省の北西部に位置し、人口約620万、面積約1万5200平方キロ。この地域は漢民族の発祥地ともいわれ、居住する人びとの98パーセント以上を漢民族が占めている。
中国七大古都のひとつに数えられ、その歴史は古く、紀元前770年頃には、東周の都であった。その後、後漢(ごかん)、魏(ぎ)、西晋(せいしん)、北魏(ほくぎ)、隋(ずい)、唐(とう)、後梁(こうりょう)、後唐(こうとう)と歴代9王朝、70人の帝王が都を置いたことから「九朝古都」とも呼ばれる。隋と唐の時代には、人口100万を超える大都市であり、当時、世界でもっとも栄えた都市のひとつだった。市内をはじめ周辺には史蹟も多く、中国三大石窟(せっくつ)のひとつ、世界文化遺産にも登録された龍門(りゅうもん)石窟をはじめ、現存する中国最古といわれる仏教寺院の白馬寺(はくばじ)、三国志の英雄関羽(かんう)を祀る関林廟(かんりんびょう)などがある。また牡丹の名所でもあり、毎年4月の「牡丹花祭り」は有名だ。
【洛陽】北京から南西へ約800キロ。黄河と洛河の恵みを受け、古代交通の要路に発展した洛陽は、中国七大古都のひとつに数えられる。人口は約620万で、紀元前770年に東周の都に定められて以来、歴史の表舞台として、さまざまなドラマが繰り広げられてきた。龍門石窟や白馬寺などがあり、観光都市として国内外から多くの人を集めている。
龍門石窟
中国三大石窟のひとつ
大小約2345の石窟・仏龕が石灰岩の岸壁に穿たれ、10万体を超える仏像が刻まれた龍門石窟。洛陽の南約13キロに位置し、龍門山(西山)と香山(東山)に挟まれた伊河岸壁は、さながら蜂の巣のような景観を見せている。
造営が始まったのは南北朝時代、北魏(386〜534年)の孝文帝(在位471〜499年)が洛陽に遷都した494年頃のことで、その後も彫り継がれ、北宋(960〜1127年)初期まで彫り続けられた。
約450年間にわたる造営のなかで、最も活発だったのは、北魏と唐の両代で、西岸の龍門山から彫り進められ、東岸の香山が開鑿されたのは、唐代になってからである。龍門石窟は、敦煌の莫高窟、大同の雲崗石窟とともに中国三大石窟のひとつに数えられ、2000年、世界文化遺産に登録されている。
●6時〜20時(冬期は6時30分〜19時)、無休、80元(白園と共通。1元は約14円)。洛陽駅から車で約30分。
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[洛陽]京安牡丹城
洛陽を代表する四つ星ホテル
大きなホテルが集まる繁華街にあり、ビジネスや観光の基地として便利だ。洛陽の市街を見わたせる高層ホテルで、客室からの眺望も魅力のひとつ。どこからでも目立つ背の高い建物は、周囲のランドマークである。
コンベンションホール、プール、アスレチッククラブ、商店街など、施設も充実したアメリカンスタイルの大型ホテルだ。最上階にはフロアが回転する展望レストランもある。
●住所:洛陽市南昌路2号
●電話:0379−64681111
●料金:スタンダード(ツイン)750元〜
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2006年08月10日
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