ソウル、扶余、全州(韓国・1)
韓国(大韓民国)は、朝鮮半島の北緯38度線(軍事境界線)以南を占め、日本海と黄海に臨む。首都ソウル(面積約605平方キロ、人口約1030万)は、京畿(キョンギ)湾に注ぐ漢江(ハンガン)下流の盆地にある。水運の要衝地で、4世紀頃に百済(くだら)の都城が築かれ、漢山(ハンサン)と呼ばれた。1394年、李朝初代王の李成桂(イ・ソンゲ)が首都と定める。1910年日韓併合で京城(けいじょう)と改称、45年日本敗戦で解放、46年にソウル特別市となる。東西に漢江が流れ、北側の旧市街に史跡が多く残る。
扶余(プヨ)(人口約9万5000)は忠清南道(チュンチョンナムド)南部の郡で、錦江(クムガン)下流左岸が中心地だ。百済が538年に遷都、百済後期に仏教が隆盛。日本に僧や美術が舶載(はくさい)されたが、660年滅亡。扶蘇山(プソサン)、百済王陵などが残る。全州(人口約62万)は全羅北道(チョルラブクド)の道都。後百済(892〜936年)の首都だった。李成桂の祖先の出身地で、全州城の城門などの史跡が点在。
【ソウル】朝鮮最後の王朝、李氏(りし)朝鮮の開祖、李成桂(太祖(たいそ)、在位1392〜98年)が漢城を都としてから約600年。大韓民国の首都ソウルは、人口約1000万を超える大都市に発展した。東西に流れる漢江を挟んで広がる市街は、李朝の文化財が点在し、古都の情趣もとどめる。
【扶余(プヨ)】忠清南道扶余郡の中心の町。660年、新羅(しらぎ)と唐(とう)の連合軍によって滅ぼされた百済(くだら)の都、泗●(サビ)の遺跡が残る古都で、人口約9万5000。
※●はさんずいに比
【全州(チョンジュ)】全羅北道(チョルラブクド)の道庁所在地で、人口約62万。韓国有数の穀倉地帯、湖南(ホナム)平野の中央に位置する。李成桂の祖先の生地として知られ、李氏ゆかりの史蹟も多い。
全州韓屋村(チョンジュハノクマウル)
市街南部に広がる丘陵、悟木台(オモクデ)の西部に残る伝統家屋保存地区。「韓屋(ハノク)」とは李朝時代の民家様式で、夏の通風を考慮して、広い板の間を設けるなど、四季に適応する暮らしの知恵が、随所に生かされている。
なお、悟木台は、李成桂が倭寇との戦いに勝利し、宴を開いたとされる場所で、ここから眺める韓屋村は、整然と連なる甍(いらか)の波が美しい。
●見学自由。全州高速バスターミナルからバスで約30分。
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[扶余]渡舟食堂(ナルトシクタン)
豪勢に1人1尾 ウナギ専門店
スタミナ食として、錦江でとれるウナギ(ジャンオ)は扶余名物。「渡舟食堂」は創業1968年で、町でいちばん古い専門店。関西風に腹から割いて白焼きにし、ブツ切りにして秘伝のコチュジャン(20種の薬味の入った唐辛子味噌)のたれにつけて、再び焼く。炭火は強すぎるため、ガスの弱火でゆっくりと仕上げる。食べる時は焼き肉の要領で、サンチュやエゴマの葉に、ご飯と一緒に巻く。一人前に一尾使う豪勢さだ。
全州産の養殖ウナギを使っているが、予約をすれば天然ものを食べられる。
●住所:扶余郡扶余邑校里99
●電話:041−835−3155
●料金:1人前16000ウォン
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2006年08月31日
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