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日本音紀行

平和の祈りを包む葉音
被爆のクスノキ(長崎市)

 セミ時雨の中、石畳の古い坂道を上ると、波のような音に包まれた。枝いっぱいに茂る葉を大きく風になびかせる、クスノキの巨木が2本。深いゆったりとしたざわめきが頭上から降り注ぐ。小鳥のさえずりや子どもたちの歓声、坂下の路面電車、寺院や教会の鐘、港の汽笛……一日たたずめば、様々な音が重なる。

写真

平和を祈願する千羽鶴が飾られている被爆クスノキ。居合わせた子供たちがかくれんぼを始めた=長崎市坂本2丁目の山王神社で

地図

【交通】山王神社へは、JR長崎駅前から長崎電気軌道に乗り、大学病院前電停下車。徒歩7分。

 長崎・山王神社のクスノキは、樹齢400年とも600年とも言われる。人々の営みをずっと見つめてきた巨体には、大きなつめ跡が残る。

    ◇

 61年前の8月9日、800メートル離れたところに原子爆弾が落ちた。

 神社の氏子の森田博満さん(71)は当時10歳だった。爆弾が落ちてくるところを、その目で見た。一緒にいた兄は、後に亡くなった。焦土の中、半ば黒焦げとなったクスノキが記憶に焼き付いている。「前は、すごい鬱蒼(うっそう)としとったのに……」

 18歳になって東京の鉄骨会社に就職。10年働き技術を身につけ、独立しようと長崎に戻った。再会したクスノキは青々と葉を茂らせ、ざわめきを奏でていた。終戦後ほどなく芽吹いたという。「枯れたと思うとった木が生き延びて、昔とおんなじ、こげん音まで出すようになったかと。感無量でした」

    ◇

 それから四十余年。さわやかな風とクスノキの葉擦れの音に、平和をかみしめる。

 7年前、森田さんは、1本の苗木を母校に贈った。巨木の種を譲り受け、大事に育てたものだ。被爆の記憶を受け継ぐ木。小学校の校庭で、今では背丈4メートルにもなった。

(08/04)

観光案内

◆山王神社に残る原爆のつめ跡

 原爆で神社の建物はほぼ全壊したが、入り口にある2本のクスノキは生き残り、再び芽吹いた。「2カ月後」「2年後」など諸説ある。半世紀近くが過ぎて一時は樹勢が衰え、市民でつくる「守る会」が募金活動などをして治療にあたった。神社参道の鳥居は、爆心地側の柱がもぎとられ、残りの柱1本だけで立っている。長崎市坂本2丁目。電話山王神社(095・844・1415)。

◆平和への祈りの地

 原爆が投下された浦上地区は、平和の尊さを発信する施設が点在。平和公園には平和祈念像があり、上に指した右手は原爆の脅威を、水平に伸ばした左手は平和を表す。

 ▼長崎原爆資料館は、約900点を展示。[前]8時半〜[後]6時半(9月以降は5時半まで)。200円、小中高生100円(8月9日は無料)。電話095・844・1231。

 ▼戦後再建された浦上天主堂には、被爆した聖像やマリア像がたたずみ、2鐘のうち残った片方が、1日3回鳴り響く。[前]9時〜[後]5時。[月]休み。電話095・844・1777。

◆長崎さるく博

 10月29日[日]まで、市内を歩いて歴史や文化を楽しむイベント。「さるく」は、長崎弁で「ぶらぶら歩く」こと。洋館や唐人屋敷跡、坂本龍馬ゆかりの地などをめぐる全42コース。電話事務局(095・811・0369)。



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