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愛の旅人

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ
»〈ふたり〉へコンパイ・セグンドと「恋人」―キューバ・ハバナ

 生暖かい潮風に吹かれながら、夕暮れの海岸べりを歩く。メキシコ湾の荒波が防波堤に打ちつけ、信号のない通りを旧式のアメリカ車が走り抜ける。楽しげに散歩する家族づれや寄り添うカップルの影が次第に濃くなる。キューバ・ハバナの海岸通りだ。

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日が傾き、暑さが和らぐ夕暮れ時、海岸通りに人が集まってくる=キューバ・ハバナで

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眼下に街並みと港が広がる坂道を少女たちが下っていく=サンティアゴ・デ・クーバで

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古びた建物の中で「セプテット・アバーナ」がメロディーを響かせた=ハバナで

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彼が若いころ活動したライブハウスにある肖像画

 ふと後ろの声に振り向くと、つばの広い帽子にバイオリンを抱えたおじさんが笑みを浮かべ、なにやら弾きだした。この国では音楽が至る所からわいてくる。有名な「グアンタナメラ」だった。「グアンタナモの田舎娘よ」と呼びかける、キューバ人の愛唱歌だ。映画「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」(99年)で一躍有名になった老ミュージシャン、コンパイ・セグンドのおはこでもあった。

 「コンパイはいつも恋を夢見る人。愛をささやくのが好きな人」。「ブエナ・ビスタ」にも登場するベテラン歌姫、オマーラ・ポルトゥオンドさんは、3年前、95歳で亡くなった友人を懐かしむ。強烈な日差しで街全体が焦げつくような夏の午後、市中心部に出向いてくれたオマーラさんは「コンパイは私を見つけると寄ってきて、肩に手をやり、今日の服はすてきだね、なんていうんですよ」とほほえんだ。

 コンパイは若い頃からミュージシャンとして知られていたが、次第に表舞台から姿を消し、一時は葉巻職人で生計をたてた。90歳近くになって海外で再評価され、「ブエナ・ビスタ」で大ブレーク。しぶい声とダンディーな男ぶりは世界的に人気を呼んだ。93歳で初来日し大評判だった。

 オマーラさんと別れ、やはり「ブエナ・ビスタ」の共演者でティンバレス奏者のアマディート・バルデスさんのお宅を訪ねた。70代とおぼしきバルデスさんは学者のような雰囲気の人で、「コンパイは愛情の深い人だった。周りの感情を盛り上げ、自分もそれを楽しむ人だった」と分析する。ユーモアがあり、好きなラム酒が欲しくなると「ガソリンの切れた車が寂しい思いをしている」とつぶやくような男だった、と同席した知人が付け加えた。

 ところで、コンパイ本人は最晩年のインタビューで「今、40歳の恋人がいる。もうひとり子供を計画中だ。まだ私の川に水は流れている」(「愛がなければ、人生はない」スイッチ・パブリッシング)と語っていた。妻を亡くし、ずっと独り身だった。

 バルデスさんは「若い恋人? どうかな、世間向けのジェスチャーかもしれないよ」と笑う。「年配者のあこがれ」という役割を自覚して周囲を楽しませていたのでは、という見方だ。彼に近い人も、いつも彼女を紹介すると言っていたが、紹介されてないなあ、という。この話、ホラなんだろうか。

 それにしても、この町では生きのいい老人が目につく。コンパイのような老ミュージシャンが活躍するバンドがあると聞いて、会いに行った。

「人生の花」を追い求めて

 天井の高い倉庫のような建物に、三々五々、楽器を携えた年配者が集まってくる。薄汚れた石造りの壁は外の酷暑と町の騒音を遮る。古びた扇風機が物憂げに首を振っている。革命前は豪邸の馬小屋だったという。

 ギター、トランペットがチューニングをすませると、セッションが始まった。バンド「セプテット・アバーナ」のリハーサルだ。

 平均年齢は60歳近い。キューバの伝統音楽「ソン」を現代によみがえらせた名門バンドだ。「サルサを踊る若い連中も、我々のソンを聞くとリズムをとり、踊りだすのさ」。77歳、バンドリーダーで、ギターとボーカルのペドリート・イバーニェスさんは笑う。

 古代エジプトの神官のような厳かな顔に、目だけがくりくりと動くイバーニェスさんは「若さの秘訣(ひけつ)かい? やりたいと思うことを実現するからさ。10年後はもっと若くなってるよ」。リタイアした音楽家を結集した「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」はいい仕事だった、と言いつつ、「私はずっと歌い続けてきたことに誇りを持っている」と長年第一線を張ってきたことにプライドを見せた。

♪  ♪  ♪

 数曲やって小休止。コップが回ってきた。さっきまでマラカスを振っていた男がどぼどぼと液体を注いで回る。私のところにもやってきて注ぎ、さあ、という動作。口をつけると生(き)のラム酒である。のどがかーっと熱くなった。ボーカルののどを潤し、ミュージシャンのスピリットを高める魔法の水。休憩後のリハーサルは魔法の水のおかげか、いっそうノリがよく、快調に進んでいった。

 キューバの年配者は生き生きしているように見える。平均寿命は77.1歳で、欧米先進国並みだ(02年、世界保健機関調べ)。中南米では抜群に高い。なぜだろうか。「120歳まで生きよう」というクラブがあるというので訪ねた。

 会長のセルマさん(76)は著名な外科医で、カストロ議長(80)の元主治医。彼が立ち上げたこのクラブは老人問題の啓発団体で、毎年、海外から専門家を呼んで大規模なフォーラムを開く。セルマさんは「キューバの老人が元気なのは、社会主義体制で最低限の生活が保証され、資本主義社会のように個人の利益の追求でなく、互いに協力し、助け合う気持ちが強いことと、陽気でファイトあるキューバ人の気質がミックスしたため」と熱弁をふるう。病気が伝えられるカストロ議長については「常に健康に留意しているので120歳まで生きるよ」と笑った。

 そういえば歌姫のオマーラさんも言っていた。「元気に生きるには、いくつになっても学び、可能性を追求することです。それも一人ではなく、友人たちと共同で。私たちのブエナ・ビスタのように」と。

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 さて、コンパイの晩年の恋人である。「たくさんガールフレンドがいたからね。ナゴヤに住む日本人女性もいた」「いや、決まった人がいたよ」と諸説紛々だ。そこでコンパイの秘書役だった末っ子のサルバドールさんに直接聞くことにした。

 ハバナ市内の閑静な住宅街にあるコンパイの終(つい)の住み家には、肖像画や愛用のギターなどの遺品が飾られ、現在サルバドールさん一家が住む。たまたま彼のバンド7、8人が一室で練習していた。演奏していたのはコンパイが93歳の時、ヨーロッパへの飛行機の機内で作ったという「人生の花」。サルバドールさんがベースでリズムを刻み、その兄バシリオさんらがつやのある声で歌う。

 「人生の花はなんて美しいんだ。遅かれ早かれ魅力をかかえたその花は 君のもとにやってくる。人生はなんて美しいんだ。愛はなんてすばらしいんだ」。花(フローレス)は複数である。愛(ラブ)の意味と、最晩年で大輪の花を咲かせた自らの人生をだぶらせているのだろう。ラブソングであり、生の賛歌だ。

 サルバドールさんはこの家を将来、コンパイ・セグンド・カフェといった記念館にしたいと話し、カストロ議長とのツーショットの写真などを見せてくれた。

♪  ♪  ♪

 ところで恋人のことですが、と話を向けると、サルバドールさんは急に困惑した表情になり、「母を亡くし、寂しい思いをしていたようですが……。まあいろいろ友達はいたようですけど……」と重い口調に。ややこしい話があるのかもしれない。

 しかし90歳を超えて「恋人問題」があるなんて、見上げた話ではないか。現役感がみなぎっている。これ以上あれこれせんさくするのは、やぼというものだろう。私は「ちょっといい話」に満足して、お宅を辞去した。

文・牧村健一郎 写真・西田裕樹
(09/23)
〈ふたり〉

 コンパイ・セグンド(本名フランシスコ・レピラード)は1907年、キューバ南東の寒村で生まれ、近くのサンティアゴ・デ・クーバで育つ。若くして音楽家として頭角を現し、低音を担当する第2声の意味の「セグンド」(セカンド)から愛称がついた。39年に結婚し5人の子どもをもうけるが、後に妻と死別する。作曲家としても有名で「チャンチャン」が代表作。「グアンタナメラ」は詩人で革命家のホセ・マルティの詞にコンパイの友人が作曲した歌で、キューバ第2の国歌ともいわれる。

 葉巻職人で生計をたてていたが、彼やイブライム・フェレールら忘れられた老音楽家たちを結集した「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」のアルバムが97年度の米グラミー賞を受賞、ビム・ベンダースの同名映画で人気が世界的に広がった。00年に来日、東京、大阪など7ステージをこなした。晩年の「恋人」は不詳。



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