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愛の旅人

映画「駅 STATION」
»〈ふたり〉へ三上英次と桐子―北海道・増毛

 顔に雪がはりつき、たちまち凍りついた。これより先に鉄道はない。荒れ狂う地吹雪。風に向かって上半身をやや前に倒し、重心の位置をコントロールしながら、おそるおそる歩いた。

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萌線の終着駅、増毛。海から吹き付ける横なぐりの雪の中、降り立った乗客は足早に駅舎へ向かう=北海道増毛町で

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飲食街の夜。人通りの絶えた通りに明かりだけがともる=いずれも北海道増毛町で

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映画で「風待食堂」だった観光案内所には、高倉健さんの写真が飾られている=北海道増毛町で

相関図

  

 日本海に面した北海道増毛(ましけ)町は映画「駅 STATION」で高倉健さん(75)が演じた警察官、三上英次(みかみ・えいじ)の故郷である。徹頭徹尾、孤独な男。世間はクリスマスで愉快に騒いでいるというのに、英次は夜もアパートに1人帰って石油ストーブの火をつける。

 上司の相場(あいば)があきれて言っていた。「お前はアホだ。家庭を捨てるくらいだったら仕事を捨てたほうがよっぽど気が利いている」。凶悪犯を追いかける「狙撃手」という非情な職責に、身も心も疲れていたに違いない。

 79年12月30日。増毛駅で降り、船で実家へ帰ろうとした英次だが、しけで船が出ない。夜、雪の中に赤ちょうちんがともる居酒屋「桐子(きりこ)」へ。

 「英次と桐子。雪に閉ざされ、お互いに言いようのない孤独を抱えていたから結ばれたのでしょうね。魂が揺さぶられるような刹那(せつな)的な愛を感じたと思います」。桐子を演じた倍賞千恵子さん(65)はそう理解している。

 刹那的な愛とは何か――。無人の増毛駅ホームに立って考えた。列車は1日に5、6本。殺風景な駅前通りに人の気配はなく、古びた飲み屋が数軒営業しているだけだった。

 映画で、桐子が「去年のお正月、私の友達、札幌のアパートでガス自殺してね。ススキノのバーに勤めていたの」と英次に語る。どんな遊び人も、どんなに心を許した男性も、この時期は故郷や家庭に帰ってしまうからだという。「つらいのよ、そんなとき」。深い影を背負った桐子の言葉に、英次は激しく揺さぶられる。

 大みそかの夜、ふたりは客のいない居酒屋のカウンターで肩を寄せ合い、紅白歌合戦を見た。桐子の好きな八代亜紀の「舟唄(ふなうた)」が流れる。

 お酒はぬるめの燗(かん)がいい

 肴(さかな)はあぶったイカでいい……

 英次が何か話そうとすると、桐子は英次の口を押さえ、「言わなくていい」と言う。忍び寄る「愛の破滅」を桐子は予感していたのだろうか。

 「僕は大体、怨念(おんねん)や情念が苦手で、虚無的な人間が一瞬だけでも虚無を忘れて愛におぼれ、愛に墜(お)ち、熱が冷めるとやはり虚無の中にあるというのが好きなんです」。「舟唄」を作詞した阿久悠さん(69)は東京・六本木の所属事務所で、そう話した。ヒットメーカーとして時代に寄り添う言葉を探し続けてきた阿久さんは「最近は男と女の出会いが軽くなった。詞になる気配があまり感じられない」という。

 雪深いこの北の街を歩くと、異次元の時が紛れ込んできて、英次と桐子が赤ちょうちんで酒を酌み交わしているような錯覚に襲われる。

 日本海の海鳴りが聞こえてきた。

本当に寂しくなる時がある

 三上英次の実家がある増毛町の雄冬(おふゆ)地区は、国道231号を車で走り、1000メートル級の山々がそのまま日本海になだれ込む海岸沿いにあった。切り立った岩場に陸路を遮られ、かつては交通手段が船しかない「陸の孤島」だった。

 増毛港と結ぶ定期船は日に夏2便、冬1便。92年の廃船まで31年間船長を務めた佐藤治さん(72)は「冬場は荒れて1週間欠航することも珍しくなかった」と話す。妥協を許さない冬の日本海。中でも、雄冬を吹き抜ける風は厳しい。無数の針をともなったように肌を刺し、船に飛び散るしぶきがみるみるうちに着氷したという。住民の悲願であったトンネルは開通して便利にはなったが、札幌など都市部への人口流出は歯止めがかからない。

 半世紀前は725人いた雄冬地区の人口は、いま90人にまで減っている。

♪  ♪  ♪

 「私、桐子の気持ち、よく分かる」

 増毛町でスナック「夕華羅(ゆーから)」を32年営んできた斉藤美年子(みねこ)さん(56)はそう話した。「この仕事をしていると、本当に寂しくなるときがあるの。吹雪の大みそかの夜なんか、たった一人しかこないこともあるでしょ」

 札幌のデパートで働いていたが、退職後、故郷の増毛に戻り、74年、妹と一緒に現在の場所で店を開いた。景気はよく、飲み屋では「○○水産」「△△漁業部」と胸に縫い込まれた作業服が幅を利かせていた。新しい船ができると大漁旗を立て、借金も何もかも全部吹き飛ばすかのように、白い波しぶきをあげながら出港した。

 「駅 STATION」の公開から3カ月後の82年2月。斉藤さんの店にふらりと40歳ぐらいの男性が入ってきて、カウンターの一番端に腰かけた。町では見かけない顔だった。最初は見知らぬ者同士、ぎこちない雰囲気だったが、話を聞くと、映画を見て、増毛への郷愁が募り、神奈川県から来たことがわかった。高倉健さんになったつもりで駅に降り立ったものの、時間は夜の8時。すっかり暗くなっていた。裸電球がともされた木造の駅舎から雪明かりを頼りに歩いてきたという。

 男性に頼まれ、翌朝、駅で待ち合わせをし、映画の場面と同じように記念写真を撮った。「なんと私が桐子役なの。ちょっと恥ずかしかったけれど、健さんにあこがれる男の人の気持ちが少し分かった気がしました」と斉藤さん。今でもその時の写真は大切にアルバムにはってある。

 地方というと、今でも男尊女卑の考え方が根強い地域もあるが、北海道の港町は比較的開けっぴろげである。全国的に見ても離婚率は高い。

 「あんた、何月?」。大みそか、隣町で映画を見た帰り、カレーを食べながら桐子が突然、英次に誕生日を聞く。2月22日生まれの英次はうお座、桐子は1月6日生まれのやぎ座。「合うのよ、私たち。一緒になるとうまくいくんだって」。ホテルに誘うのは桐子の方である。

♪  ♪  ♪

 桐子には二面性がある。

 昔の恋人でもある連続警察官襲撃事件の「全国指名手配第22号」を自宅にかくまう。正月休みを過ごして札幌に帰る途中にそのことを知った英次。上司を殺害した犯人であり、警察官という職務を遂行しなければならない。

 英次は桐子の家を訪ね、隠していた拳銃を手にした犯人より一瞬早く撃った。桐子はそのとき初めて英次が警察官であることを知る。「そういうことか……」

 札幌に戻る日の夜、英次は桐子の店を思い切って訪ねた。「しばれてきたねえ……」と話しかけようとするが、桐子は離れてテレビをつける。また、「舟唄」が流れる。背を向けたままの桐子の目に、初めて涙があふれる。

 英次は、仕事の矛盾と疑問を痛々しいまでに自分の胸の中に抱え込んでいく寡黙な男である。直子との結婚生活が壊れた理由には、家族を顧みない英次の性格が大きかった。英次はそのことを十分承知していた。

 「本物の馬鹿なんですよね。でも、オリンピックの選手に選ばれた以上、勝たなきゃどうしようもないんですから」。上司に対してそう言うが、直子のことは忘れていない。

♪  ♪  ♪

 取材をしていて意外なことが分かった。映画は、英次が増毛駅から札幌行きの列車に乗る場面で終わるが、実は幻のラストシーンがあった。増毛町観光協会が出したパンフレットには「札幌駅に降り立った英次を直子が迎えるという再会のシーンがあったようです」とある。直子は東京・池袋のバーでホステスをしながら中学生になった息子と暮らしているという。だが、このシーンは選ばれなかった。

 雪の降る銭函(ぜにばこ)駅で別れてから、12年の歳月がたっていた。

文・小泉信一 写真・橋本弦
(12/23)
〈ふたり〉

 1968年1月、北海道の銭函(ぜにばこ)駅で三上英次(高倉健)は妻直子(いしだあゆみ)と別れた。道警の刑事であり、射撃の名選手としてメキシコ五輪出場が決まっていた英次には、妻のただ一度の過ちも許せなかった。そんなある日、上司の相場(大滝秀治)が検問中に連続警察官襲撃事件の犯人(室田日出男)に射殺される。「日本のために金メダルを取って」という周囲の期待と、殺された上司のために捜査に専従したいという思いとの板挟みに、英次は悩む。

 11年後の79年暮れ、英次は故郷・雄冬(おふゆ)で正月を迎えるため、定期船が出る増毛の駅に降りた。海はしけが続き、所在のない英次は町の小さな居酒屋へふらりと入った。女手一つで切り盛りする桐子(倍賞千恵子)は、客の来ない店のカウンターでひとり座っている。テレビから流れる八代亜紀の「舟唄」。自分と同じく孤独の影を背負っている桐子に英次はいつしか引かれていった。



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