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愛の旅人

ドラマ「北の国から」
»〈ふたり〉へ黒板五郎と令子―北海道・富良野

 「根室本線」とは名ばかりの2両しかないワンマンカーの客は、だれも無口だ。外は粉雪が舞い、雪の結晶が窓に張り付く。

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ロケ地が点在する丘陵地。雪原が夕暮れに青く染まった。連続ドラマの最後で、純が語る。「母さん――雲が、今日もきれいです」=北海道富良野市で

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十勝岳中腹の吹上温泉。「’95秘密」で傷ついたシュウが五郎を誘って行った=北海道上富良野町で

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五郎が建てた石の家。雪原からの光がまばゆい=北海道富良野市で

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 ドラマ「北の国から」で黒板(くろいた)五郎と純、蛍の3人家族が降り立ったJR布部(ぬのべ)駅は、今や無人駅となっていた。零下7度で積雪は1メートル近いが、無風状態でほおに張り付く雪が心地よい。1月中旬の「北の国」は、北の厳しさと優しさで迎えてくれた。

 真っ白な大地を車で15分走ると麓郷(ろくごう)地区だ。山すそは、もはや車で通れない。ひざまで雪に埋まる雪原をスノーシュー(かんじき)をつけて15分歩くと、丘の上に「五郎の石の家」が突然現れた。五郎が建てた石造りの家である。屋根は50センチの雪に覆われ、周囲に鹿、ウサギ、テンの足跡が巡る。静まりかえった白い世界の中で、赤い風車だけがカラカラと回っていた。

 「北の国から」は、脚本家の倉本聰(そう)さん(72)が戦時中に疎開し父とともに山中の廃屋に住んだ体験を基にした。舞台となった北海道富良野(ふらの)市に住む倉本さんは「黒板は好きだった女の子の姓。純のモデルは情けない少年だった自分で、男らしい正吉は僕のあこがれだ。五郎を通して情けない人間の必死の生き方を書きたかった」と語る。

 麓郷に「拾って来た家―やがて町」と名付けた一角がある。バスの廃車を使った「純と結(ゆい)の家」など手作りの4軒が立つ。一家が移住後に住んだ「最初の家」も昨年、復元された。地元では今も物語が進んでいるのだ。

 倉本さん自身、続編を作りたいと意欲を持ち、筋も考えている。純は結と離婚して初恋相手のれいと再婚し、蛍と正吉も離婚する。その後は蛍の息子の快を主役に発展させる構想だ。

 「北の国から」で、心にずっと引っかかっていたことがある。不器用な五郎と都会的な令子のアンバランスな夫婦関係だ。令子は「あの人には東京が重すぎた」と言い、彼女の浮気がもとでふたりは離婚する。五郎の中で令子はどんな位置を占めていたのか。

 倉本さんは「令子は五郎の純粋さにほれたが、結婚すると物足りなさを感じた。令子のセンスは五郎よりはるかに良い。でも……」と言ったあと突然、興奮したように叫んだ。「石の家のセンスは令子の影響ですよ。そうじゃないと、あんないいものはできない。女と男は付き合うたびにセンスが増す。付き合う異性によって人間はどんどんセンスが良くなる」

 そうか。短い結婚生活とはいえ、令子は五郎の心に確固と根付いたのだ。「石の家」は五郎が一人で建てたとはいえ、実はふたりの共同作品なのだ。男と女が真剣に向き合えば、影響を及ぼし合い相手の人間を変えるのだ。

 雪に閉ざされていた「石の家」に入ると、ドラマで令子の遺影が置かれていた棚の前のちゃぶ台に、日本酒1本と湯飲み二つが置かれていた。

女はたくましさ、男は優しさ

 「北の国から’95秘密」で、純は富良野市の清掃事業の臨時職員となる。倉本さんが最初に考えていたのは除雪作業の職員だった。

 変更したきっかけは、首都圏に住む清掃職員、坂本信一さん(49)が手渡した手記だ。ごみの仕事をすることで差別されるコンプレックスと、社会に役立つ仕事への誇りをつづっていた。

 信一さんと妻愛子さん(49)に会った。2人は高校の同級生だ。愛子さんは手堅い生活を求めるサラリーマンには魅力を感じなかった。社会や人生とまじめに向き合う信一さんの姿勢に共感した。「イバラの道であるかもしれないけど、私はそこに行ってみようと思った」と言う。

 同窓会で夫の職業を言うと、急に黙ってしまう人もいた。「嫌なことを乗り越えたことが、今は自信となっている。どんなに苦しくとも2人で一つ一つ乗り越えていきたい」

♪  ♪  ♪

 五郎と令子の離婚について聞くと、2人の意見が分かれた。信一さんは「五郎は良い夫のつもりだった。そうでないと思うなら、妻がはっきり言うべきだ」と話す。愛子さんは「妻は夫にサインを出したのに夫が気づかない。あきらめた妻は他の男に走る。その気持ちはわかる」と反論した。

 沈黙のあと信一さんが口を開いた。「五郎は、本当は令子をずっと好きだったんだけど、不器用だから言えなかったんだ。妻と夫は、お互い本当の気持ちを伝え合うことが大切だね」

 愛子さんがかみしめるように言った。「本音を言えば終わりになるという恐怖が私の心にあった。これまで、自分の愛に自信を持っていなかったのね。相手を思う気持ちに揺るぎはないのだから本当の思いを伝えてかまわないんだと、結婚から20年たって、ようやく気づいた」

 「北の国から」の81年秋。

 令子の葬儀の日に東京の令子のアパートで、涙を浮かべながら暗い絵を描いていた蛍に、五郎がきく。「いやなことどうして思い出す」

 蛍「いいことばかり思い出しちゃうとつらくなるから」

 令子の浮気の現場が一瞬よみがえった五郎が言う。「母さんもう死んじゃったンだ。母さんのやなこともう許してやれ。むかしのことなンかもう忘れろ」

 蛍「父さんは?」

 五郎「父さんか。父さんは――とっくに許してた。ぎゃくに父さんのこと――許してほしかった」

 その晩、純がトイレに起きると、令子の遺骨のある居間で音がした。

 純の語りが入る。「父さんだった。父さんが一人で泣いていた」――

 「石の家」が五郎と令子の愛の結晶だという倉本聰さんの言葉を伝えると、信一さんと愛子さんは思わず顔を見合わせた。2人はいつか「石の家」を見に行こうと考えている

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 私が初めて富良野を訪れたのは昨秋だ。麓郷の森は一面、紅葉し、「石の家」の赤いトタン屋根が晩秋の日差しに照っていた。案内してくれたのは、倉本さんが主宰する脚本家・俳優養成の「富良野塾」の卒業生で今はふらの観光協会の観光資源保全管理主任をする野村守一郎さん(40)だ。「石の家」の石組みは、実は野村さんらが手作りしたものである。

 私の後ろで観光客の女の子が「じいちゃん家(ち)のにおいがする」と叫んだ。熊本県から来た渡辺あずささん(32)は「北の国から」で「人間の汚いもの、弱いものを見せつけられた。でも、真っすぐな人生っていいなあって思った」と話した。ここに来る人は誰も表情が柔らかくなる。

 倉本さんがふっと漏らした。「正直言って僕、女性がわかんないんですよ。勉強不足です」。女性観は東京を離れ北海道に住んで変わった。勉強の成果が、子を宿して強くなった蛍だ。

 「北海道の女性は強く、動物的なたくましさを感じる。それは自然を見て育ったからではないか。女はたくましさ、男は優しさが肝心だ。凜(りん)とした女性に僕はあこがれる」。作品のマドンナは蛍であり、主役3人のうち五郎と純は陰の役回りという。

♪  ♪  ♪

 今、この原稿を富良野市の喫茶店「北時計」で書いている。「北の国から’95秘密」でシュウが純に過去を打ち明けた場所だ。店名は倉本さんがつけた。店の入り口に「北の時計 ゆっくり時を刻む」と書いた倉本さん自筆の額が掛かる。黄茶色の丸太造りの店に身を置くと、窓の外を舞う粉雪のように時はゆっくりと流れる。

 店主は「北の国から」にも出演した女優だ。「その瞬間に2人が純粋に好きになったのなら、人生っていいんじゃないかな」と、そっとつぶやいた。

文・伊藤千尋 写真・橋本弦
(01/27)
〈ふたり〉

 黒板五郎(田中邦衛)は美容師の妻令子(いしだあゆみ)の浮気の現場を見て離婚を決め、小学生の純(吉岡秀隆)と蛍(中嶋朋子)の兄妹を連れ、80年秋に東京から北海道の富良野に移住する。電気も水道もなかった小屋に住み、厳しい自然の中で純と蛍は育つ。やがて令子は病死する。

 中学生になった純は同い年のれい(横山めぐみ)に恋心を抱く。だが、農場が倒産し、れいの一家は夜逃げする。社会人になった純は富良野市役所の臨時職員となりごみ収集の仕事をする。再会したれいとはうまく行かず、れいは別の男と結婚する。失意の純の前にシュウ(宮沢りえ)という美女が現れた。彼女が元AV女優だったことを知り純は悩むが、恋仲になる。

 看護師となった蛍が勤め先の医師と駆け落ちし、子を宿した。蛍の苦境を見た正吉(中沢佳仁)は、自分の子ということにして蛍と結婚する。2人の結婚式に、五郎は令子の遺影を懐に入れて臨んだ。蛍に快が生まれた。純と正吉は共同で農場を経営するが、失敗して2人とも富良野を去る。知床で結(内田有紀)に会った純は、結婚を申し込み富良野に帰ろうと決意する。がんに侵されたと思った五郎は遺言を書く。



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