西太后から江沢民さん・上海閥まで
中国茶評論家・工藤佳治
――「龍井茶」は権力者ご用達
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| 杭州・西湖 |
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| 西太后18本茶木 |
中国緑茶を代表するお茶「龍井茶」は、日本でも最近観光スポットとして知名度をあげてきた浙江省杭州で作られる。杭州は、古くからの名勝地。西湖を中心に、風光明媚で上海のお金持ちたちも別荘を持ち、週末は車を2時間飛ばしてこの地で過ごす。
南宋の都でありながら、城壁は作らない都で、昔左遷された官吏たち(白居易や蘇軾)に文人も多く、失意で左遷されながらもその美しさを愛し、立ち去りがたかったという。「東方見聞録」を著したマルコポーロも、嘱託としてこの地で数年を過ごした。
お茶の歴史で見ると、このお茶は古い銘茶ではない。もっと古く、唐代に三大茶があり、蒙頂茶(四川省)、陽羨茶(江蘇省)そして紫笋茶(浙江省・中国で最初の献上茶)であった。この龍井茶が献上茶となったのは、清の康煕帝(1662〜1723年)或いは乾隆帝(1763〜1796年)の時代からであったという。
龍井茶の魅力は、中国人がお茶の魅力の原点とする「香り」とキレの良さにあるように思う。後から甘さ(旨み)が残る。
この龍井茶の中心になる畑はいくつかあるが、中でも「獅(子)峰」。清明節前摘まれるもの(明前)を最上とし、「獅峰明前龍井」として珍重されてきた。清の終わり、西太后はこの畑に専用の18本の茶木を持ち、毎春届けさせていた。現在もその茶木が残されている。
最近では、江沢民さんを始めとする上海閥の人たちも龍井茶を好んで飲んだ(でいる)と聞く。上海では今も一般的に龍井茶が飲まれている。また、5年ほど前まで北京・人民大会堂(中国の国会議事堂にあたる)で使われていたお茶も龍井茶であった。が、まったく新顔のお茶「得雨活茶」(江西省景徳鎮産)がとって変わった。
人気の畑も、「獅子峰」が観光地化して味が落ち、「梅家塢(ばいかう)」が今、全盛である。そしてこれから数年後は「翁家山」と予感する。
このように、お茶は時代、時代を映しながら、変化している。
次回は、世界で最高値がついたお茶のお話。
(02/15)