「ハマるなかれ」茶壺の世界(上)
中国茶評論家・工藤佳治
――取り巻く「魅力」「魔力」とは
ともかく、「ハマる」人が多い。日本人にも多い。ハマると尋常ではなくなる。これを知らずして「中国茶」を語るなかれ、といわんばかりになってしまう人もいる。そんな「憧れ」の対象にもなるのが、「茶壺」である。
中国でいう「茶壺」とは、日本の急須。お茶をいれる道具である。
そもそも「茶壺」は、お茶のための道具ではなかった。書道などで使う「水滴」あるいは「水注」、つまり墨をするため、あるいは硯(すずり)の墨が乾くのを防ぐために水をさす道具である。
明代、福建省南部、広東省北部の文人たちが、身近にあった「水注」に直接茶葉を入れ、その口から直接お茶を飲んだのが、お茶をいれる道具として使われはじめたきっかけという。茶壺から直接お茶を飲むのを見ることは、今ではごくまれだが、先日もバスの運転手さんが、大きめの茶壺に直接口をつけ、お茶を飲んでいるのを見た。
その後、以前に説明した「工夫茶」の道具として転用される(「茶藝」の回を参照)。
最近では、中国茶道「茶藝」で使う道具の主役としてその位置を確立したので、日本人には、中国茶=茶壺のイメージがなおさら強くなっている。
「茶壺」は、高温で強く焼しめられたタイプの焼き物「せっ器」に属する。高温に耐えるだけの硬い土が必要で、それに適した土のあった江蘇省宜興が古くからの産地である。それゆえ、焼き物、美術品の世界では、「宜興紫砂」(紫砂は、宜興の「土」を意味する)だけで、「茶壺」を意味するくらいになっている。宜興は、中国では、磁器の景徳鎮と並ぶ、焼き物でも「土もの」の産地で、甕やレンガなどが多く作られていた。また、今は台湾でも作られ、有名作家も登場する。
見ていると、「茶壺」にのめりこむ人に2つのタイプがある。
美術品としてのめりこむタイプ。骨董趣味にも通じる。このタイプは、世界中に広まっている。すぐれたコレクションは、中国大陸以外のところにもあると聞く。また、台湾の某ディベロッパーの創業者が、世界一のコレクターであるという話も以前聞いた。
伝説上、歴史上の作家も登場する。明代に「茶壺」の基礎を築いた「供春」、明代から清代にかけそれを発展させた「時大彬」や「恵孟臣」、あるいは現代中国にあって宜興の名声を世界に知らしめ、今いる宜興の「中国工芸美術大師」(日本でいう人間国宝)に認定されている作家のほとんどは、この人の弟子や影響を受けた人である「顧景舟」など、伝説的な作家もずらっと並ぶ。今でも、現代の有名作家の作品は引っ張りだこで、高値で取引されている。
茶壺一つが、100万円を超えるものもめずらしくはなく、歴代有名作家の骨董品は、驚く価格で落札される。
もちろん安いものもある。台湾などの茶道具卸商の店頭では、一つ数百円くらいのものもめずらしくない。要するにピンからキリである。
よく、「これは孟臣のものと説明され、数万円で買った。安い買い物だった」と喜んで見せてくれる人がいる。その証拠に茶壺の底に「孟臣」の名が彫られ、形も本に出ている有名な壺だ、という。
このニセものの話は、美術・骨董趣味にはつきもので、少々知識がある人ほど騙されやすい。しかし、ニセものと決めつけるのも早い。歴史上の有名作家の作品と同じ形のものを、現代の人間国宝が制作したケースがあるからだ。
もちろん、「安い買い物」はニセものである場合が多い。
素人には今ひとつよくわからない世界でもある。
次回は、この続き、「もう一つの「茶壺」へのめり込むタイプ」のお話しから…。
(06/28)
中国茶メモ
●紫砂茶壺にあう中国茶
せっ器(「せっ」は「火へんに石」き=ゆう薬を使わず、高温で焼きしめてある)が使われるのは、お茶がおいしくはいるから。その理由は、焼きしめることで、内部に無数の細かな穴が開き、そこにアクなどの雑味が吸われて、まろやかな味になるからだ。
ただし、デメリットもある。せっかくの良い香りが、2割ほど吸われてしまうことだ。だから、香りを最優先して楽しむお茶の場合、このタイプの茶壺を使うのは向かない。
種類が多い中国茶の中で、この茶壺にあうお茶は、焙煎を強くしたもの。たとえば、木柵鉄観音など台湾の烏龍茶や武夷岩茶。紅茶、プーアル茶など。
●紫砂茶壺
●木柵鉄観音
●烏龍茶
●武夷岩茶
●プーアル茶