「みんなが飲んでいる・知っている中国茶」の誕生は…
中国茶評論家・工藤佳治
――「烏龍茶」はなぜ日本で普及したか
 |
| 「武夷岩茶の故郷・武夷山」 |
 |
夏到来。暑い。この暑さが来ると、「武夷山」を思い出す。日本で一番ポピュラーな中国茶、「烏龍茶」のふるさとである。
日本で中国茶といえば、中華料理店の茉莉花茶(ジャスミン茶)であった時代が続いたが、25年ほど前の缶入り「烏龍茶」の登場で、中国茶イコール「烏龍茶」「鉄観音」と認識が変わった。
その「烏龍茶」の原料の多くは、福建省北部、今では世界遺産になった中国でも有数の観光地、武夷山で作られている「武夷岩茶」である。岩がごつごつとした山に生えている茶木から摘まれ、作られることから、この名になった。「300はある」と現地で豪語するほど種類が多いが、有名なもの、手に入れやすいものは、10種類程度である。
このお茶が、日本に定着したのにはストーリーがある。今では日本の飲料メーカーを代表する「伊藤園」の創業者が、「日本人はいずれ、茶葉にお湯を入れ、お茶を出して飲む、なんて面倒なことはしなくなる。コーラやジュースのように飲料として飲む時代が来る」と開発に着手した。伊藤園は、日本茶の会社。日本茶の缶入りを作ろうとしたが、濁ってしまって出来ない。そこで世界のお茶で試してみて、うまくいったお茶=武夷岩茶を最初のお茶缶飲料として発売した。その商品名が「烏龍茶」。当時の食品の常識からいえばタブーの、「黒」を使ったパッケージデザインであった。
それから定着していくことになるが、その発端となったのは、超アイドルだったピンクレディーがテレビのインタビューで発した一言といわれる。「なぜそんなに良いスタイルが保てるのか?」という質問に、「これを飲んでいるから」と言って「烏龍茶」を示したという。
私はその話には、少し異議がある。流行は常に流行、一時的なものである。必ず人気は下降する。今もさまざまな飲料が、人気と下降を繰り返していることを見ればわかる。定番化して、根強く長続きする人気を保つためには、違った理由があるはずだ。
それは、武夷山に行ったことがある人なら簡単に気づくはずだが、多くの中国茶好きも何も言わない。
日本の天ぷら屋で、最後に出てくるお茶は「ほうじ茶」がほとんどである。そして、武夷岩茶は「ほうじ茶」と同じ「焙煎(ばいせん)」をしたお茶だ。
武夷山の料理は、油が強い。あるいは油の使い回しがわかるくらい劣化した油を使っていることも多かった。要するに、油を多く摂ったりしたときには、焙煎したお茶を飲むと「すっきり」するのである。
武夷岩茶がそのために焙煎をするようになった、という現地の説明はないが、結果においてはそうである。日本で欧米化が一段と進み、ハンバーグが日常化するように、脂肪分の摂取が多くなった時代と、焙煎の強いお茶が、簡単に飲める時代の到来、定着した時期とはほぼ一致する。
日本の缶入り、その後のペットボトル入り「烏龍茶」「鉄観音」は、こうして定番化された。日本人の食生活が変わらない限り、永遠に飲まれることを約束されているようにも感じる。
暑い時期、水分補給にも焙煎をしたお茶は適していると思える。武夷山の夏も標高が高いわりに暑い。
歯医者さんに聞いた話だが、夏場は歯に茶シブが付着する人が増えるという。私自身の経験からも、焙煎したお茶を置いたり、冷やしたりすると、茶シブが付着しやすくなる。
日本の夏。自然に、「烏龍茶」「鉄観音」の消費量は増える。そのために武夷山の茶工場は、以前の数軒から400軒以上にも増えた。「日本の消費、恐るべし」。武夷岩茶の製法も、日本が変えてしまった。焙煎が強くなったのだ。
次回は、「消費がお茶を変える。お茶は古くからの消費者ニーズ対応食品」というお話しを。
(07/20)