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嗚小小一碗茶

骨董(こっとう)マニアの憧れ「十二花神杯」という茶杯(下)

中国茶評論家・工藤佳治

――出来の良いレプリカ、コピーという偽物

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 返還前の香港。高級お土産店「中藝」で値切ろうとしている自分。心の中は、あの美しき「五彩十二花神杯」をあきらめるため、値切りに応じてくれないことを願う自分と、買って使ってみたい自分とがせめぎ合っている中、昨日の店員さんは、愛想よく語りかけてきた。

 「これね。必ずまた来ると思っていた」と。昨日の私は、「これを買いたい」と明らかにわかるようだったのか。売るのが商売であり、それが勝負なら、買い手の私はすでに敗北していた。

 あきらめるための最後のハードルとして、「これ安くなりませんか」と切り出してみた。値切りをしてはいけない店で、精一杯の言葉であった。本当に値切るのなら、こんな下手な口上はない。「これ1万2000円にならない」と聞かない限り、たとえ値切れたとしてもスズメの涙ほどの値引きにしかならないはずだ。

 予想は裏切られた。値切りのきかないはずの店で、店員はいとも簡単に、「10%引きでいかがでしょうか」という。慣れない私は、もうそこでは「買う」という選択肢しか残されてはいなかった。

 この記念すべき12客の歴史ある名品が、私の手に入った。そして、今でも新年になると、登場して、それぞれの誕生月の人が、その杯でお茶を飲むならわしになった。

 この「五彩十二花神杯」、もちろん偽物である。名品をまねて、景徳鎮で作られたものである。しかし、私にとっては、中国茶へ傾斜していった思い出の品であり、愛すべきものである。

 ところが、話はまだまだ続く。

 それから間もなく、この名品のセットは、香港をはじめとする各地の観光客が訪れる店で、たくさん目にするようになる。私の手に入れたものは、名品と同じとまではいかなくとも、かなり出来のよいものであったが、それこそ「どうしてこんなひどい絵になるのか」という粗悪品までもが、じつに堂々と売られるようになった。それから3年間くらいは、ちょっとしたブームだった。

 そのころ、骨董の世界で言われる「レプリカ」と「コピー」についての話も聞いた。「レプリカ」は、材料から作り方まですべて同じ物を使い、作り方を踏襲して作られ、「コピー」はただ似せて作るもの、という素人にはよくわからない説明であった。

 いまだに正確には理解できていないと思う。例えば、日本の伊万里で作られる「色鍋島」。鍋島藩だけの窯ゆえ、陶工たちは個人名を記すことはなく、ただ伝統にそって同じ絵柄のものを同じく描き、作り続けてきた、という。

 中国では、宜興紫砂茶壺。現代の中国でいう人間国宝クラスの作家たちも、明代や清代の名人たちが作ったのとまったく同じ形の茶壺(急須)を作ることもよくある。工場生産で、観光用に売られるものの中には、同じ形のものを作り、作家名まで古い名人たちの名を刻んでいるケースもよく見かける。

 どこまでが悪意であり、どこまでが美術品なのか、線引きはむずかしいが、台湾の現代の名陶・蔡曉芳氏が、私のこのエピソードの少し後に作った「十二花神杯」は、すばらしい出来であった。私にはとても買える値段ではなかった。

 お茶と器。日本の茶の世界では、古く「唐物」が珍重され、中国渡来の器が数奇な運命をたどって、今、国宝として美術館に納まっているものもある。私の「五彩十二花神杯」は、私と中国茶を結ぶ思い出の品として特別の意味を持ち、その口当たりの良さ、適度に残り香が楽しみやすいフォルムは、かけがえのないものとなっている。

 そうやって年に1回登場する器も、形あるもの。「形あるもの」は、いつかは滅びる。それを恐れて使わないことは、無意味であろう。使ってこそ「器」。そして滅びる。だから、いとおしさが増す。

 次回は、「異変、新茶到来。いよいよ春」のお話しを。

(03/21)



中国茶メモ


日本で「唐物」として垂涎(すいぜん)の的だった「天目茶碗」
――名前の由来「天目山」で作られるお茶「天目青頂」


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 日本で茶が飲まれるようになった鎌倉、室町時代。茶道に発展していく中で、上流階級や特権階級を中心に、次第に茶器への興味、憧れが出てきた。その中でも、黒い釉薬(ゆうやく)の茶碗「天目茶碗」は格別であったようであり、中国から伝えられ「唐物」と呼ばれた。

 天目茶碗は、日本での呼び方で、天目山の寺院で使われていたことから、そこに修行していた日本人僧が持ち帰り、その呼び名になった、といわれる説が一般的。しかし、その説の中には、その寺院は茶事のルーツとされる徑山寺を指しているものもあり、天目山と徑山寺とは違う山であり、疑問が残る。

 黒釉の天目茶碗は、福建省北部の「建窯」で焼かれた。名前の由来の「天目山」は、浙江省の杭州の北西部にある山である。

 天目山の名前の由来は、二つの峰を持つ山で、それぞれの峰の頂上に湖があり、天から見ると「目」のように見えるので、この名になった、と言われる。この山が円錐(えんすい)形をしているので、この茶碗の形から「天目茶碗」になったという説もある。

 この天目山は、お茶の生産でも有名。「天目青頂」という緑茶が作られる。日本茶に近いタイプの緑茶だ。




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