いずれ消えゆくか、中国版お茶給湯文化
中国茶評論家・工藤佳治
――発見、上海虹橋空港のお茶給湯器
えっ、思わず立ち止まって、カメラに収めた。
そういえば、中国国内の移動もこのところほとんどチャーターしたバスか車、そして飛行機が多かった。中国の鉄道を利用した時に、いつも感心したのは、お茶給湯のための「激熱のやかん」であった。ともかく「熱い」。そこから注がれるお湯は、注いでもらってもすぐ口をつけることは不可能であった。まさに、「お茶こそ熱いお湯で」楽しむ、お茶の香り優先文化の象徴でもあった。
ほんの10年前までの話である。まだペットボトル飲料はなく、汽車に乗ると、すぐにお茶を買う。お茶の葉は、プラスチック製のコップに直接入っていたり、紙袋に1回分が入っていたりした。
そのうちに、車掌さんが、顔よりも大きいアルミのやかんを持ち、お湯を注いでまわる。多くは童顔が残る女性の車掌さん。このやかんに触れたら、確実にヤケドする。やかんは時として、布のカバーがかかっている。ヤケドしないためか、保温のためか。
茶葉が直接入ったコップにお湯が注がれ、しばらくおいて飲む。中国で普通にお茶を飲む飲み方が、ここでも行なわれていた。適当な時間をおいて、またまわってきて、お湯を注いでくれる。
日本では、いつ頃見なくなってしまったか。鉄道の旅にも小さな容器のお茶はつきものであった。容器も陶磁器製のもの、プラスチック製のもの、時代の変遷の中でいろいろあった。茶葉が器に直接入っていた時代もあったような記憶もあるが、最後には小さなお茶パックに入ったお茶が使われていた。必ず飲む小さな杯が上にかぶさっていて、それにお茶を注いで飲んでいた。
このお茶容器は、容器代を取られていた時代もあった。だからいつも旅する人、長距離を旅する人は、一度買った器を持ち歩き、茶葉の換えを買って、お湯を注いでもらっていた。また、駅のホームではお湯を注ぐサービスもあったような気もするが、それも遠い昔になり、記憶も違っているかもしれない。
中国に頻繁に行くようになった十数年前。デパートや商店の店員の人たち、タクシーの運転手さんなど、街のあちこちで、インスタントコーヒーの大きな瓶を見かけた。ほとんどが某スイス系のインスタントコーヒーメーカーのものであった。
どうやってそれだけ多くの人が手に入れることができたのか、今もって謎である。当時、インスタントコーヒーが売られているところは限られていたし、多くの人がインスタントコーヒーを飲む習慣などはなかった。ひょっとして、当時インスタントコーヒーの「空き瓶」は、中国の輸入産品であったかもしれない。
皆、これに茶葉を入れ、お湯を注いで持ち歩いていた。あるいは、職場にこれを置き、喉を潤していた。どこかで、お湯を足し、同じ茶葉で一日中飲んでいた。今も、タクシーの運転手さんなどは、車の中に置いているのをよく見る。
ただし、例のインスタントコーヒーの空き瓶ではなく、いろいろの瓶になった。当時、口を閉めて横にしてお湯が漏らない瓶は、このインスタントコーヒーの瓶が最適であったのであろう。今では、保温のための二重構造になった専用のものまで出ている。
中国も、移動の時の飲み物は、ペットボトル飲料になった。10数年前から始まったペットボトル飲料も、すっかり中国人の生活に入り込んだ。お茶の飲み方も変化をした。
ところが、今は国内線専用空港になった上海虹橋空港の、セキュリティチェックが済んでゲートに向かう通路で、この写真の給湯器を発見した。水飲みの口とセットになった、お湯の温度も表示されるステンレス製のいかにも清潔なものである。ピカピカして、最近設置されたもののように見える。まだ利用する人も多くいるということだ。「お茶の瓶水筒」文化は、まだ中国に残っていた。
でも、確実に近い将来消えていくことになるだろう。歴史的な記念の器械かもしれない。
次回は、「蓋碗という、日本の一部にもあるお茶の道具」(予定)です。
(04/24)
中国茶メモ
開化龍頂(かいかりゅうちょう・浙江省)
春らしい、切れのよい緑茶である。茶葉の鮮やかな緑色は、お湯を注いでも春の緑を感じさせてくれる。
コップに茶葉を入れ、お湯を注いで間もなく、通常茶葉はすべて立つ。その凛々しさも、また春を感じさせてくれる。
最初飲んだ感じは、蒼(あお)さを感じ、少し苦いようにも思えるが、その苦さは嫌な苦さではなく、心地よくすら感じる。濃くなってお湯を注ぎ足しながら飲み進むと、甘さ(旨み)を感じる。
すっきりした、まさに清涼感のあるお茶である。
明代にこの土地ではお茶づくりが始まり、幾度が途絶えながら、現在の形のお茶は1980年頃作られ始めたという。1990年代終わり頃、県をあげてのプロモーションの効果もあり、すっかり中国の春を象徴するお茶として定着した。