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銘茶100種を飲む

2007年07月22日

中国茶評論家・工藤佳治

――中国の食の変化が見える

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 いつも、中国茶は種類が多く、味、香りの幅も広く……」と、書いたり、話したりしている。では、「どのくらいあるのか」という質問はあまり出ない。「同じお茶の葉から、緑茶もできれば紅茶もできる」ということが知られるようになったせいか、あるいは「烏龍茶もキーモン紅茶も中国茶」ということが浸透してきたせいか、いずれにしても、どのくらいの銘柄があるのかの質問はあまりない。

 10年以上前、中国のお茶関係者やお茶屋さんに、よく質問した。「いったい中国茶ってどのくらい種類(銘柄)があるの」と。答えは、いろいろ。「たくさん」という、いかにも雑な答えから、「5000くらい」というものまで。中国においても、中国茶に関してまとめられた本は、まだほんの少しであった時代であった。

 その後、中国茶に関する事典は、1000ページ近い大著が2冊、それ以外にもたくさんの書籍が出された。あまりにも雑駁な答えに納得ができないので、「銘茶」が載っている事典などから、銘柄を拾い出し、4〜5年前に整理して数えたことがあった。

 中国茶の銘茶は、当時は1350銘柄くらいであった。「今は」というと、以前にも書いたがここ2年ほどで、急激に増えている。経済の自由化によって多くの製茶会社ができ、独自の銘柄で製造・販売を始めるようになった。「野菜農家をやっているより、お茶農家でやった方が儲かる」という心理も働いている。

 たぶん、数百は増えているだろう。同じ茶名のはずのお茶が、独自の銘柄を作り、売りだされている。私見だが、数年後には元の数くらいに戻るのではないかと想像する。供給過剰が目にみえている。

 その一つの理由は、中国茶は地域性が強い飲み物で、その歴史を重ねてきたことによる。その地域で作られたお茶は、その地域の生活・風土に合ったものが作られてきた。例えば「武夷岩茶」。武夷山一帯の食事は、油が強い料理であった。そこで、焙煎が強いお茶が結果として好まれたと思われる。天婦羅やさんで、「ほうじ茶」が出るのと同じである。焙煎したお茶は、油であふれた口の中をさっぱりしてくれる。

 ということは、作られたお茶は、その地域を中心に消費されることになる。

 雲南省で作られた「普●茶」が、香港で常飲されていたり、福建省桐木で作られた「正山小種」が、「ラップサンスーチョン」として中国以外のイギリスを中心に飲まれていることは、ごく稀なことである。

 そこに住む中国の人たちが、コーヒーなど違う飲み物を飲む機会が増えることはあっても、その土地のお茶を、極端に多く飲み始めることはあまり考えられない。従って、生産過剰、供給過剰になっていく。会社は、潰れるものが出てくる。独自のお茶の銘柄は、減るということになる。

 いずれにしても、「中国茶100種類を飲もう」というには、現地中国でも相当の努力が必要だ。銘茶として名前を知られているお茶でも、その土地でしか入手できないものも多いからだ。だから、いつもできるわけではない。前回にやったのは、6年ほど前。1年かけて120種を飲んだ。

 そして、今回、6年ぶり3回目。新しく評価が上がったお茶と入れ替えをして、1年間で100種類を飲むことを始めた。

 それは、中国の食の変化を知ることにもなる。まだまだ断定はできないが、中国の食は、確実に「油少なめ」「あっさりめ」にシフトしている。「広東料理」の他の地域への進出が目立つ。そして、以前からの同じお茶が、それに合わせて変えられていっている。変化を知ることは、なかなかおもしろい。

 日本茶の「ヤブキタ」「深蒸し」への変化と同じである。

 次回は、「装飾品、インテリアとしてのお茶」(予定)です。

 ●=さんずいに耳

中国茶メモ

四明龍尖(しめいりゅうせん・浙江省)

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 隋、唐の時代から、日本との窓口の港であった寧波のすぐ西にある「余姚」。そこにある「四明山」で作られる。

 歴史的にここの銘茶は「四明十二雷」というお茶があがる。現在、登録商標が先に取られてしまい、「四明十二雷」とつけるべきお茶が、つけることが出来なくなってしまって、この名前になったと聞いた。

 キレがよく、おいしいお茶で、茶葉も白毫が混じる。コップで飲むと、茶葉が鮮やかな緑色に直立して楽しい。

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