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懐かしの香港はいま…

2008年05月07日

中国茶評論家・工藤佳治

――私の中国茶との出会いは、「カビ臭さ」だった

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 「香港」が私の中国茶との出会いだった。 今思うと、香港がアジアの金融センターとして、貿易の中継地として、そして広東省などの大陸の窓口として、高度成長を始めた時期であった。約30年前のことである。

 「成長中の都市」。それは独特のエネルギーを持つ。訪れるものは、色々なところでそれを感じることができる。その都市に身を置くことは、ワクワクする興奮がある。  私と香港の場合は、「地下鉄のエスカレータのスピード」だった。速いのだ。それに乗ると、「香港に帰ってきた」と感じると同時に、「成長のエネルギー」を感じた。

 香港行きは、ゆうに40回を超えたかと思う。目的は、「中華料理」を食べに行くこと。  地元の広東料理ばかりでなく、上海料理、北京料理。中華料理の極上がすべてあった。しかし、四川料理は、ほんの数店しかなかった。当時の香港人は、辛いものを基本的にはあまり食べなかった。四川料理店のメインのお客は、欧米人がほとんどであった。

 余談だが、四川料理に限らず、タイ料理などの辛い料理のレストランが増えるタイミングが、成長する都市にはあるような気がする。ニューヨークでいえば、40年くらい前。東京でいえば、30年くらい前。香港でいえば、25年くらい前。上海でいえば、7から8年前である。  そのタイミングは、社会が高度化し、社会的ストレスが増えてくると、「辛い」レストランが増えることになる。まったくの私見だが。

 香港は「広東料理」の圏内。中華料理の世界でいえば、日本の京料理にあたる一番「あっさり」「淡白」「薄味」の料理である。

 ところが、このわりに繊細な味の料理と一緒に出されるのは、プーアル茶。カビ臭いお茶である。ポットに入れたこの臭い、黒いお茶で、食前から食中、食後まで飲み続ける。レストランだけではない。香港人は、日常生活でも、このお茶を常飲している。

 正直不思議だった。どちらかというと微妙な食感を持つ人たちが、この臭いお茶をふだんから飲むなんて。

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 ところがこの臭いお茶が、すこし慣れると料理ともけっして喧嘩をしないし、むしろ風土、生活にあっていることに気づく。香港人は、「料理の油を流し出す」というが、口の中はさっぱりする。また、代謝もよい。蒸し暑い香港では、身体の水分が不足がちに感じるが、プーアル茶を飲むと、身体にしみこむように吸収されていく感じがした。お茶舗で、プーアル茶の試飲をすると、すぐトイレに行きたくなることも体験した。

 そして、プーアル茶を買い求めることが始まった。観光客があまり行かない現地の茶舗に行き、高いのから安いのまでたくさん並ぶプーアル茶から、減りの早いお茶を選ぶとけっこうおいしいプーアル茶を入手できることもわかった。

 そしてプーアル茶以外にも、いろいろの中国茶があることがわかった。中国茶にのめり込んでいったのである。

 その時の香港は、「成長」というエネルギーがあった。お茶は昔から、エネルギーのあるところに集まる。言い方を変えると、「金」の集まるところに集まる。10年くらい前から「上海」に変わった。

 私は、香港から自然に足が遠のくことになった。もう6年くらい行っていない。  聞くところ、「大人のおとなしい街」になったという。どうなのか、近いうちに行ってみたい。あの「地下鉄のエスカレータ」のスピードは、どのように私に街のエネルギーを感じさせるのか。私の中国茶の原点、黒い、カビ臭いお茶は、それでも身体にやさしくしみ込んでいくのだろうか。 (写真は清水真理撮影)

 次回は、「杭州湾海上大橋完成。寧波からお茶は日本へ伝わった」(予定)です

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