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「三十六計逃げるにしかず」は知っていますか

2008年8月26日

  • 中国茶評論家・工藤佳治

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――では、「ウンカの如く」は?

 時代の変化、世代の推移は、思わぬところで突然気づくことがある。

 先日、中国茶のクラスで話をしている中で、「三十六計逃げるにしかず」と言って、キョトンとした顔をされた。この言葉を知らないのだ。一人だけが知らないのではない。30歳代から下の人たちは、ほぼ知らないといってよいほどであった。

 知らないことを、「近頃の若い人は」と思う気持ちなど毛頭ない。が、自分の歳や世代の常識の変化などの現実を突きつけられたようで、ちょっと戸惑う。

 この言葉には、思い出がある。

 けっこう日常会話でも使われていた。放送のニュースなどにも登場していた。当時、私が編集担当をしていた著者の中国人華僑が、「こんなおもしろい本があるよ」と見せてくれた。中国吉林省で発行された、粗末な作りの薄い薄い書籍であった。タイトルは『三十六計』。そこには、第一計から第三十六計までの策略が、それぞれの解説と一緒に書かれていた。各計は、4文字熟語と3文字熟語で作られている。

 その華僑は教えてくれた。『孫子(兵法)』を正統派の兵法書とすると、この『三十六計』は、裏の世界の兵法書だと。後半には、「美人計」(女を使え)とか、スパイを使う計もある。

 第一計から第三十五計までの計略を使ってもダメであれば、第三十六計、最後は「走為上」(逃げるが最上)と教える。「死は全敗、逃げるは半敗」と説く。

 敵の一族郎党までを根こそぎ処刑し滅ぼす政変を繰り返してきた、古い中国の歴史を思うと、確かにうなずける。死んでしまっては、再起も何もない。逃げるのは、半分負けたこと。全部負けたことではない。逃げ延びて、再起を期せ。チャンスが生まれる可能性を残せ、という教えである。それが、「三十六計逃げるにしかず」のもとである。

 各計に、当時の日本の政治や経済の状況に置き換えたコメントもつけ、『三十六計』の日本語解説本にまとめて出版した。25年ほど前のことである。

 以前、中国の書店では『孫子』は書棚に並んでいることはあっても、『三十六計』は見ることはほとんどなかった。このところ、『孫子』に並んで『三十六計』も見る。ここでも中国の改革開放は進んだ、と言ってよいのかもしれない。

 同じように、数年前、中国茶の説明をしていて、30歳代くらいから下の若い世代がほとんど知らない言葉があることに気づいた。「ウンカの如く」である。

 台湾を代表するお茶として以前にも紹介した、「白毫烏龍茶」(別称「東方美人」)のお茶づくりの過程を説明していた時である。

 このお茶は、稲の害虫でもある昆虫「ウンカ」が茶葉を噛むことで、独特の優雅な香り、味になることが知られている。「オリエンタル・ビューティ」と評された由縁である。

 昔から、「ウンカの如く人が集まる」などと、日常使われてきた。昆虫のウンカが大量発生し、群れた大軍となり飛び回ることから、このような使われ方が生まれたと思われる。

 説明のとき、この「ウンカの如く」が通じないのである。それ以来、よほど年齢の上の人だけの集まりでなければ、この例えは使わないようにしている。

 お茶を飲みながらの「茶飲みばなし」も、けっこう世代の変化に即応した感覚、気配りが必要だ。と言いながら、「以前、こんな言葉があったけれど、知らないでしょう」と、それを「茶飲みばなし」にもしています。

 次回は、「芭蕉も指摘する中国の景勝」(予定)です。

中国茶メモ

峨眉峨蕊(がびがずい・四川省)

  前回説明した、中国仏教四大名刹の一つ峨眉山の二つの代表的な銘茶のうちの一つ。

前回の峨眉竹青葉のキレのよさとはまったく逆に、味、香りは、丸く、ふくよかで、甘い後味が残る。上品な感じのするお茶である。

茶葉は、緑の中に白い芽の部分もたくさん見え、丸く少しらせん状に揉まれている。花の芯のような形状に例えて、この名前になったという。

お茶をいれたお湯の上には、多くの産毛が浮いてくる。

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