2008年9月9日

――『おくのほそ道』。中国茶の代表的産地が登場する
先日、90歳を超える妻の伯母から手紙が届いた。先の岩手・宮城内陸地震の被災地を、松尾芭蕉が『おくのほそ道』で訪ねた場所と重ね合わせながら、その惨状に思うことが書かれていた。いつも感心することだが、昔の人たちは古く勉強していたことをよく覚えている。大地震と『おくのほそ道』とを、すぐに重ね合わせて思い出すことには敬服した。
不勉強で『おくのほそ道』も読んでいない私には、その手紙の中に新たな発見があった。たとえ読んでいたとしても、中国茶にかかわりを持っていなければ、読み飛ばしていたであろう。
芭蕉が景勝「松島」を訪ねた箇所である。その美しさに感動し、そのすばらしさの比較として、中国の景勝地を引き合いに出している。『おくのほそ道』から引用すると、「…松島は扶桑第一の好風にして、凡そ洞庭・西湖を恥ず。東南より海を入て、江の中三里、浙江の潮をたたふ。…」。
いくつかの現代語訳を含めた解釈を見てみると、こういうことらしい。「松島の美しさは、中国の洞庭湖、西湖と比較しても負けないものである。湾の中には、浙江省の銭塘江のように海水をたたえている」、ということである。
出てくる洞庭湖は、湖南省北部にある湖である。西湖は、何度かこの連載でも紹介した浙江省杭州にある湖である。どちらにも共通することは、中国銘茶の中でも代表的なお茶の産地である。
洞庭湖は、緑茶を少し円やかにした黄茶という種類のお茶。その中の代表的なお茶である「君山銀針」の産地である。
西湖は、中国茶を代表する銘茶「西湖龍井」(龍井茶)の産地であり、紅茶の銘茶「九曲紅梅」も産する。また、白居易や蘇軾といった文人でもあった役人がこの地に赴任し、西湖の美しさを詩などに残していたりする。また西湖の中に堤を築き、それぞれが「白堤」、「蘇堤」として、春は柳が芽吹き桃が咲くなど風情があり、散策に絶好の地となっている。
芭蕉は、中国に行ったことはない。しかし、洞庭湖や西湖を「美しい」と称えた中国の詩や文を読んで、この記述になったのであろう。その二つの湖は、ともに中国茶を代表する銘茶の産地であるという偶然もおもしろい。
そして、間もなく「中秋」。「お月見」として日本では知られている旧暦8月15日。今年は、9月14日である。以前にも紹介したが、中国では家族、親戚が集い、夕食を一緒にとる日でもある。そして、1か月ほど前からは、「月餅」が売られはじめ、日本のお中元・お歳暮のように、挨拶とともに行きかうことになる。
この「中秋」。「おくのほそ道」に次に紹介されている「浙江省の銭塘江」と関係が深い。この銭塘江で、一年で最大の川の逆流が起こる日でもある。
銭塘江は、安徽省を水源として、最後に杭州市を流れ、杭州湾に流れ込み海水となる。銭塘江の逆流は、アマゾン川の大逆流と並んで大きな逆流とされる。この銭塘江にそっても、「龍井茶」は生産されている。
この大逆流を見物するために、毎年多くの人が出て、その逆流に巻き込まれ死ぬ見物人がいたことがたびたび報道されている。
もうすぐ「中秋」。「月餅」、「君山銀針」、「西湖龍井茶」、「銭塘江の大逆流」、そして「芭蕉の感動」を思い、月を眺めながら、ゆっくりお茶でも楽しみましょうか。地震、大逆流、実り…。自然に対して私たちが無力であることもかみしめながら。
次回は、「茶藝と書道の字とは関係ない結びつき」(予定)です。

緑茶と違い、若干の後発酵をさせるお茶の種類・黄茶の代表的なお茶。芽だけで作られている。発酵をさせるため、緑色が若干黄ばむ。お茶を出したお湯の色も、若干のオレンジがかった山吹色となる。
飲んだ感じは、緑茶よりもカドがとれて丸みを感じる。爽快感があり、後味が甘く残る。コップに茶葉を入れ、お湯を注ぐと、間もなく茶葉が浮き沈みを始める。眺めていても楽しいお茶である。