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“清玩”。お茶をいれ、飲む。“あこがれ”の宇宙

2010年3月2日

  • 中国茶評論家・工藤佳治

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――「雲の上でお茶をいれ、皆と楽しむ」ことが見えたか

 この年になっても、自分の無学なことを恥じることが多い。

 「文房清玩」という言葉を教えてもらった。響きがよく、雰囲気がある言葉に感じた。とうの昔に知っていなければならない言葉だったのに、知らなかった。ちょっと恥じた。

 教えてくださった方は、中国で幼少のおり、有名な文人に書を習っていて、その方の書斎にこの文字が飾られていたという。習字の練習でも、この言葉を書いたという。「文房」は書斎のこと。「清玩」は、清らかに遊ぶこと。文人の日常、あり様を表しているといえるのだろう。

 「清らかに遊ぶ」とは、説明しにくい。どのような遊びかといわれても、あるいはどのような精神でといわれても、なんとなくはわかるが明解に説明はつきにくい。ものの説明によると、「文人趣味」と同じように使われるとのことだ。

 この言葉を聞いた時、こんな光景を思い出した。10数年前、遣唐使の僧たちも修行したという、中国山西省・五台山で開かれた茶文化の国際会議に出席した時のことである。国際会議なので、論文の発表が主だった。今の茶文化の会議のように、オリンピックの開会式かと思うくらい派手な開会式や、世界から集まった人たちのきらびやかな茶藝の表演があるわけでもなく、静かな会議であった。会場は山奥のホテルで、大きな宴会場もなく、ロビーに大きな机を出し、10数人が毎日、午前、午後と集まっていた。

 一人が大きな紙に書を書き、それを他の人たちが眺め、何か感想でも述べているようであった。ゆっくりお茶を飲みながら、ゆったりとした時間が流れる中で、静かに書を囲んで語りあっている。内容はわからないが、素敵な空間を感じた。集う人たちの顔が豊かだった。

 その後の国際会議で、この光景にお目にかかることはない。中国でも、このような趣味、空間、環境は、次第に限られたほんの一握りの人たちのものになってしまったのかもしれない。

 私が教えている茶藝のプログラムの最終段階は、今まで「私には皆さんに教えることができない」と言ってきた。お茶を当たり前のように自然においしくいれることができ、人と豊かな気持ちで一緒にお茶を飲み、あるいは清らかな空間をかもし出しながらお茶を楽しめるなど、私が感じ、目指す最終段階の茶藝は、そんなニュアンスであった。

 中国でも茶藝を教えるプログラムの歴史は浅いし、教え方を教えることもしていない。私にとって、今の茶藝になんとなく満たされないものがあって、それゆえ独自にプログラムを考え、教えている。

 しかし、最終段階は教えることはできないと思っていた。漠としたイメージはあっても、自分自身にとっての現実味はなく、教え方がわからないのだ。どこにも無理がなく、柔らかな宇宙の中で、いれる側も飲む側も同じ空間を共有しながら、同じ時間を過ごす喜びが感じられる。「雲の上でお茶をいれ、皆と楽しむ」そんなイメージである。

 「清玩」。この言葉を聞いた時、茶藝の最終段階が見えた気がした。ひょっとしたら教えることができるかもしれない、と思った。「雲の上でお茶をいれ、皆と楽しむ」、それこそ「清玩」ではないか。

 教える細部の方法を確立するまでに、まだ時間はかかる。「清玩」の域の茶藝は、個性がありながら、個性を超えたものでなければならないようにも思える。「Aさんに会って、Aさんのいれたお茶を飲みたい、清んだ時間が過ごしたい」といわれる茶藝。教える意欲がわいてきた。

 次回は、「“ひかりのどけき”季節を前に」(予定)です。

中国茶メモ

老そう水仙(ろうそうすいせん・福建省)

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 武夷岩茶の一つ。茶種の水仙種は、広く烏龍茶(青茶)に使われる茶種である。茶区あるいは製法によって、味には差がある。福建省を指す文字「びん(「びん」は門構えに虫)」を使って、福建省の南と北で、「びん(「びん」は門構えに虫)南水仙」「びん(「びん」は門構えに虫)北水仙」と茶名がついているのも、味が微妙に違うからである。
 びん(「びん」は門構えに虫)北水仙の中でも、武夷山で作られる水仙は、「武夷水仙」と呼ばれている。
 大紅袍や鉄羅漢、水金亀、白鷄冠、肉桂などの武夷岩茶の並みいる銘茶を押さえ、7〜8年前の武夷岩茶のコンテストで毎年トップを取っていた。そのお茶が、「武夷水仙」の老木から作られたお茶である。その当時発見された老木から作られたところから、「老そう(「そう」は木へんに叢)水仙」と呼ばれている。
 武夷水仙は、焙煎を何度も繰り返したお茶で、日本のペットボトルの「烏龍茶」「鉄観音」と同じ味、香りである。老ソウ(木へんに叢)水仙は、それを超え、香り、味の上品さに加え、飲み進むと武夷岩茶の特徴である、「岩韻(がんいん)」と呼ばれる甘い残り香が、まろやかに清らかに、存在感をもって口の中に残っていく。

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