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中国茶道具ばなし(3)

2012年2月7日

  • 中国茶評論家・工藤佳治

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――「蓋碗」は、お茶を飲む、いれる……万能選手

 ふつう日本語で呼ぶ場合、「がいわん」で呼んでいる。「蓋」つきの「茶碗」である。「茶碗」とは言っても、小さな一人、二人用にお茶をいれるサイズのものもあるが、小ぶりの「飯碗」と思ってよい。日本でも、煎茶などの世界で、「すすり茶碗」として類型のものがある。

 本来は、お茶を飲むために使われているもので、現在もそのように使われている。碗に茶葉を入れ、お湯を注ぎ、蓋をしてしばらく待つ。そして、蓋を少しずらし、出てくる茶葉を蓋で押さえながら碗を傾けてお茶を飲む。蓋をずらして飲む場合、両手を使う人の方が圧倒的に多いが、片手でずらした蓋と碗の底を指で押さえ、空いた隙間から器用にお茶を口に注ぎこむように飲む人もいる。また、蓋をずらすのではなく、取ってはずし、碗からお茶を飲むこともよく見る。

 たいてい蓋碗は、碗の下にソーサー(皿・茶托)があるが、ソーサーのないものもある。

 この蓋碗の起源については、今ひとつよくわからない。よく、清代の乾隆帝(在位1735〜1796年)が使い始めたのが最初、みたいな説明をされることもあるが、もっと古いような気もする。

 四川省あたりで蓋碗が登場した、という説明を中国で聞いたこともある。

 いずれにしても、今あるようなスタイルの飲む器として使われ始めるためには、茶葉は現在のように葉がばらばらの状態(散茶)である方が、器の使い方として自然である。古くからある、固めたお茶を崩し煮出して飲む、あるいは宋代(960〜1279年)、抹茶にしてお湯を注ぎ、撹拌して飲むような飲み方からは、蓋がある必要を感じにくい。明代(1368〜1644年)の後半、散茶が支配的になったと言われるが、その頃、蓋つきの碗がお茶を飲む道具として使われるようになったと考えるのが、自然のような気がする。

 20年ほど前、現代の茶藝が台湾をスタートし、広がっていったことは何度も紹介した。その茶藝においても、いれる器として使われている。スタート当時、台湾では「茶壺(急須)」が主に使われていた。それゆえ、最初の茶藝でいれる器は「茶壺」がメインだった。

 しかし、茶壺は、ふつう釉薬のない高温で焼きしめた器で、そのデメリットは、香りが少し落ちることだ。蓋碗のほとんどは磁器で、釉薬がついている。香りを主体に考えると、蓋碗の方が適している。緑茶が主体の中国本土では、茶藝が拡大をみせるのと同時に、その香りを守るためか、茶壺の他に、蓋碗がいれる器として、よく使われるようになった。

 蓋碗は、大きさや形がいろいろである。白磁から色鮮やかな彩色のものまで、デザインも豊富である。形も、丸みのあるものや、わりに鋭い外観のものもある。作られる土の種類や仕上がりの厚さなどによっても、お茶のはいり方は微妙に違う。

 いれる器として使う場合、蓋碗が熱くなり、抽出したお茶を蓋碗からいったんクリーマーのような器(茶海)に空けるために持つ時に、やけどをしそうになることだ。コツをつかむ、あるいは慣れると熱くてもつかめるようになるが、それでも熱い。

 中国茶をいれる器として考えると、どんな茶葉の種類でも対応可能だ。飲むことだけにも使える。万能選手といえる。一つ持つことをお勧めする。かわいいから小さなものを、ということよりも、少し大きめのものを持つ方がよい。その方が上手にお茶をいれることができる。

 私も、長年、中国茶をいれる場合は、ほぼ蓋碗でいれる。蓋碗一つあれば、中国茶をいれること、飲むこと、すべて足りる。

 次回は、「中里太亀さんのこと」(予定)です。

中国茶メモ

安溪黄金桂(あんけいおうごんけい・福建省)

 日本でも好む人が多い中国茶の一つは、「安溪鉄観音」である。それが作られる場所「安溪」は、福建省南部の山の中にある。同じ場所で、安溪黄金桂は作られる。

 黄金桂は、味、香り、茶葉の様子は、安溪鉄観音と見分けがつかないほど似ている。しかし、違う茶種を使い、茶名も違って呼ばれる。

 誕生は、安溪鉄観音より新しく、19世紀。「黄えん(木へんに炎。別名「黄旦」)」という茶種から作られ始めた。

 4月中旬から下旬にかけて摘まれる「春茶」は、香りが高く、また、10月ごろに摘まれる「秋茶」は、とくに甘み(旨み)があり、好まれる。

 安溪鉄観音と同じく、最初、甘い香りがし、そのあと何煎か飲み進む中で、口の中に次第に甘さが残っていく。作りたてのものは、少し草の蒼さに近い香りがするものもある。

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