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小出さん(左から2人目)と藤田監督(右から2人目)。金メダリストを育てた監督として名伯楽の2人だ |
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東京国際女子で優勝した野口みずきさんと |
夕方、野口さんは黒いノースリーブのニットにグレーのパンツ姿で、さよならパーティーの会場に現れた。大会関係者やメディアの人たちが、野口さんの所属するシスメックスチームのスタッフと祝杯を酌み交わしていた。私は会場の端っこのほうで頬と目の周りがほんのりと赤く染まった広瀬コーチを見つけた。
「いやー、すごいプレッシャーでしたよ。北京の枠はあと2枚しかないので失敗は出来ないというプレッシャー。ライバル達も調子が良さそうだし、野口には記録も期待されている」と広瀬さん。この話を聞きながら、レース前には決して口に出せない重圧を感じずにはいられなかった。レース後、野口さんが話した、「アテネ、ベルリンの2倍くらい嬉しい」という言葉も、こんなプレッシャーから来ていたのだろう。
野口さんを取り囲む藤田監督、広瀬コーチに「スパートしたのは何キロ地点でしょう」と質問すると、藤田さんは「いやスパートはしていないよ。みんなが遅れただけや」。その横で野口さんは「スパートしましたよ。25〜26キロで渋井さんやコスゲイさんが何度も仕掛けようとしていたので、これは30キロの手前で仕掛けなければマズいなと思い、29キロで仕掛けたんですよ」。「そうやったんやー」と藤田監督。アテネの前には、レース当日の朝、「25キロが仕掛けどころや」と指示した監督だが、今回は野口さんの“感覚”に任せたようだ。このへんにも3年という歳月の中で、野口さんの成長ぶりが分かる。
「いやー、強かったね。おめでとう!」。聞き覚えのある声に振り向くと、小出義雄さんだった。野口さんを祝福するためにビール片手にやってきたのだ。藤田さんとの貴重なツーショット。金メダリストを育てた監督として名伯楽の2人だが、お互い選手以上に負けず嫌いで、ライバル意識は強い。でもさすがの小出さんも野口さんの走りには感服したという雰囲気だった。3月には小出さんの教え子の新谷仁美さんも名古屋を走る。今回の野口さんのレースは監督としても大きな刺激になったことだろう。
「新谷も楽しみ。僕はロンドン五輪までにさらにすごい選手を育てるよ」と小出さんは話していた。
「勝因は?」との質問に野口さんは、「チームワークです」と即答した。今回のこのレースは35キロからの四谷の坂に合わせて、よくレースを掌握した走りだったが、一番大事な脚作りも含めて、スイス・サンモリッツで行ってきた練習も綿密だった。
野口みずきさんは完璧主義者だが、支えるスタッフ一人一人も完璧だ。野口さんは陸上競技に専念出来る環境を得ていたのだ。
チームの信条は「走思走愛」。私がこのチームの潔さ、凄さを感じたのは、アテネ五輪から約1年後のベルリンマラソンの夜だった。アテネで勝負に勝った野口さんは、ベルリンで記録に挑戦。そして見事、日本記録を達成した。
その夜、食事会で、ある陸上関係者から「金メダルを取って、日本記録を作って、これで北京五輪へはシードで出場を決めてもらうべきですよね」と言われた。その言葉に藤田監督が即答した。
「そりゃ必要ないわ。あと3年もあるのに、どうなってるかわからへん。選考レースを走って、きっぱり代表になりますよ」
その場に同席していた私は、これはなかなか言えないことだと感じ入った。絶対に守りに入らない攻めの姿勢に感心した。
さて、残りの切符はあと1枚。来年の大阪、名古屋の2レースで決まる。ともに日本人トップでゴールインすることは必要条件だが、内容を重視するという選考に向け、大会記録<大阪:2時間21分18秒(野口みずき)、名古屋:2時間22分19秒(高橋尚子)>がひとつの目安になるだろう。東京で大会記録を破って優勝した野口さんが記録の面でもプレッシャーをかけたことになる。
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