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街行く庶民はオリンピック・スタジアム建設を一瞥すらしない。 |
オリンピック・スタジアム建設現場から大通りを隔てた向かいに建設中の巨大なビル。 |
最近建てられた高層ビルの手前に並ぶ中層ビルは、1980年代に建てられ老朽化している。 |
二番目の写真の巨大ビル建設現場の側で、解体を待つ廃墟のような建物と煙突。 |
東京オリンピックの翌年の1965年に、日本の経済は深刻な不景気を迎え、株価も大きく低落した。当時の四大証券会社のひとつだった山一證券が経営危機に陥ったが、どの銀行も助けようとしなかったので、日本銀行が特別融資をおこない救ったということがあってか、日本の証券業界では「オリンピックを開催した翌年は深刻な不景気になる」というのが「定説」として確立しており、それが世間にも広がっているようである。
このコラムの前回では北京オリンピックのメイン・スタジアムの建設現場を紹介した。その際に筆者を案内してくれたのは、中国政府の経済官僚を勤めている私の友人であった。建設現場を見学した後、友人は筆者を湖南料理の名門店に連れていき、鼈料理を御馳走してくれた。鍋の中のスープは、日本と違い、とろりとして白濁しており、いかにも栄養が溶け出した感じがした。
鼈料理を挟んで話が弾んだところで、上記の「定説」をどう思うか尋ねてみた。友人は流暢で上品な日本語で丁寧に応じてくれた。
筆者「日本では、中国の高度成長も株価上昇も北京オリンピックとともに終わると見る人がたくさんいます」
友人「どうして景気とオリンピックとが関係するのですか?よくわかりません」
筆者「日本は1964年の東京オリンピックの翌年に、深刻な不景気に陥ったという過去の歴史があるからです」
友人「それはお気の毒でした。でも中国は日本とは別の国です。歴史も体制も制度も、まったく違います。当時の日本と現在の中国とでは世界経済における位置が違います。それに、世界経済そのものも、当時と現在とでは完全に違います。それなのに、どうして、日本で40年以上も昔に起きたことが中国で再来年に起きるのでしょうか。よくわかりません」
筆者「日本人の大半は中国も日本が辿ってきた道を歩んでいると思っているのでしょう」
友人「私は日本が大好きですし、中国は日本から多く学ぶべきだと思います。しかし、中国は中国の道を歩みます。日本が日本の道を歩んできたように」
筆者「同文同種、一衣帯水という幻想から、北京オリンピックを東京オリンピックの再来、悪く言えば二番煎じと考えているのでしょうね」
友人「あはは。おかしいですね。ところで、田代さん。北京オリンピックが開催されるのは、いつですか?」
筆者「来年の8月8日午後8時8分です。御存知ないのですか」
友人「あまり関心ありません。私の管轄ではありませんし、中国は他にもっと重要なプロジェクトをたくさん行なっていますから」
中国の現役バリバリの経済官僚が、北京オリンピックがいつ開催されるのか知らないし、たいして関心もないのである。筆者は東京オリンピックの頃に小さな子供だったが、それでもオリンピックが10月10日に開催されるということくらいは、とっくに知っていたことを覚えている。
しかし、冷静に考えれば、友人の言う通りである。
中国ではインフラ建設の巨大プロジェクトが目白押しである。
南の長江の水を北の黄河に導く南水北調は有名だが、2006年から2010年までの第11次5ヵ年計画でも、風力発電所10万キロワット級30基建設、鉄道建設1万7000km、客車専用鉄道建設7000km、道路230万km、高速道路7000km、都市汚水処理率70%以上などのインフラ建設が進められている。
その他にも、天津の濱海新区では、延べ面積が東京の山手線内側に匹敵する区域に、上海の浦東新区のような超高層ビルが林立する都市が建設中である。同様の都市建設プロジェクトが六月には重慶や成都でも認可された。最終的には全土10箇所で同様のプロジェクトが実施される見通しである。
こうした天地を揺るがすような巨大な国造りを実施している真っ最中の経済官僚にとって、一過性のイベントに過ぎないオリンピックなどは、関心の対象外なのは、当たり前なのだろう。それなのに、小さな子供であった自分でさえ東京オリンピックに関心があったから、今の中国人も同じように関心があるはずだと思い込んでいたのである。恥ずかしい限りである。しかし、友人は筆者の要望に応えて、日曜日の午後を潰し、オリンピック会場の建設現場を案内してくれた…そんなことを考えて黙っていると、友人は笑顔で、
「田代さん、鼈の首をどうぞ。美味しいし、元気がつきますよ」
と言った。
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