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以食為天―食で読む中国

「果子狸」SARSで幻に

朝日新聞編集委員:加藤千洋

 「LT貿易」という名の長期バーター貿易が、国交正常化前の日中間にあったことを知る人は、もう少なくなったろう。62年11月に結ばれた準政府間協定に基づいたものだが、調印した双方代表の廖承志(リャオチェンチー)氏と高碕達之助氏の頭文字から、そう呼ばれたのである。

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「野味」の代表格とされてきた中国のハクビシン=AP
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様々な「野味」が取引される広東の市場=加藤写す

 その高碕氏が北京での交渉を終え、帰国のために当時の中国の南の玄関口だった広州に立ち寄った際のことだ。あすは列車で香港に出国するという前夜、地元政府が晩餐(ばんさん)会を開いた。

 周恩来首相が客人の労をねぎらうようにと、北京から直々に指示しただけに、宴席には選び抜かれた広東料理が並んだのは言うまでもない。

 その中の一品が、とくに高碕氏の好みにあった。しょうゆ味で煮込んだ肉料理だが、その正体がわからない。

 宴会がお開きになった後、ホストの広東省幹部は北京の周首相のもとに「客人は果子狸(クオツリー)の料理をえらく気に入った」との報告を上げたらしい。

 直行便がない当時の日中往来は広州と香港を結ぶ鉄道を利用していたのだが、翌朝、広州駅頭の高碕氏ら一行に、かなりの大きさのオリ箱が届いていた。がさがさと音がする。なんと果子狸、つまりハクビシンのつがいが収まっていた。

 実業家、衆院議員、閣僚も経験した高碕氏は東京・信濃町の自邸でワニやダチョウ、マングースを飼っていた。東京動物園協会の会長も務める無類の動物好きで知られていた。そうした情報を中国側も把握していたのだろう。気配り上手な周首相が「そんなに気に入られたら、土産に用意を」との指示を出したことは想像に難くない。

 さて中国の食文化に精通する国立民族学博物館名誉教授の周達生さんによると、ハクビシンを中国で果子狸と呼ぶのは、果物を好んで食べるからだ。日本でもハクビシンが柿の木に登ったり、果樹園を荒らしたりなどの報告例がよくあるとか。

 上品な食性からか、広東料理の重要な食材である野味(野鳥や野獣、イヌ、ヘビなど多彩)の中でもハクビシンは高級品とされてきた。代表的な料理法は「紅焼果子狸」で、高碕氏が食べたのもそれではないか。

 03年冬、広東を震源地に大流行した新型肺炎SARSではハクビシンがすっかり悪役になった。科学的な最終確認はないが、SARSウイルスの感染源とされたためだ。

 昨年冬も広東省で最初の患者が出ると野生動物市場は直ちに封鎖。省内36カ所で飼育されていたハクビシンはアナグマとともに全量処分されてしまった。

 それだけではない。レストランは陸生野生動物の調理が禁止され、「野味」などと書いた看板は取りはずさねばならなくなった。安全が確認されるまで、残念ながら「紅焼果子狸」も幻の味になってしまった。

 ちなみに高碕氏に贈られたハクビシンは東京到着後は家族が世話をし、高碕氏が64年に死去した後は多摩動物園に寄贈されたそうだ。

(02/01)





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