景山公園から見る北京
文・写真 于 前
聞き慣れたことでも、よくよく考えて見ると、「何だか違うなあ」と思うことが結構ある。例えば「地球を救う」という表現。この言葉の美しく聞こえる響きに私は感動する。一方で、私は、その言葉の偽りの一面に疑問をもつようになった。地球が壊滅すれば、一番困るのは人間自身のはずである。本来、感情を持っているのは地球ではなく、人間のはずだ。だとすれば、救わなければならないのは人間であり、私たちである。
2004年の秋、北京の実家に帰った。久しぶりに北京の景色を見るため朝7時に家を出て、北京中心に立つ故宮の北側にある景山公園の山に登った。92メートルの小高い山で、山の上から北京市内を一望できる有名な場所だ。明の最後の皇帝がこの山で首吊り自殺を遂げ、明王朝17代、295年の歴史に幕を閉じた。
眼下に広がる北京を眺めた私は、にわかに自分の目を信じる勇気がなくなった。極彩色の美に輝く故宮の隣にある、黒色のピータンのような建物が光り輝いていた。それは北京で初めて見る「中国国家劇場」だった。その日から3日間続けて、私は違う時間を選んで同じ場所へ向かった。目に入ってくる景色はどう目を凝らして見ても、情けない味がした。「現代化」された新しい北京の風景が、このまま将来の歴史になると思うと、北京人の私はもっと変わり行く北京を記録しておくべきだと強く感じた。
北京にいる友達は、市の中心部に向かって毎日歩く私が理解できないようだ。友達は「外国から帰ってくる中国人は、なぜかチャイナ服が好きになっている。嘘っぽい顔で、『古い北京、四合院を守ろう』などと言い出す態度には、違和感しか残らない」とも言う。
四合院は4つの面に家屋があり、あるいは4つの面が壁に囲まれた家屋のこと。北京人が代々居住してきた代表的な建築様式で、北京を象徴する建物だけにとどまらず、北京の歴史の縮図とも言える住まいである。
北京市内の再開発ラッシュで、四合院がたくさん壊されているという話を日本人の知人の口からうるさいほど聞かされたのは、10年程前のことだ。熱心に語る日本人の顔を眺めながら、私は腐った苦瓜を食べているかのように、飲み下しにくい気持ちに襲われた。
それは北京人だから出る反応ではない。先祖代々北京に住んでいるような古い北京人と違って、私には古い四合院の朱色の門を見て、古槐樹下で隣近所の人達の笑い声を聞きながら、路地で遊んで育ったというような記憶は全くない。都市の固い鉄筋セメントの建物で暮らす方が、「新しい北京人」の生活にふさわしく、幸せだと思っていた。
一部の高級幹部たちが住む四合院を除いて、普通の市民が住む四合院は、住みやすいとは言えなかった。古い家だから修理など手入れに手間がかかる。数家族がが同じ屋根の下で暮らすため、個人の空間が足りない。みんなで共同トイレや練炭ストーブを使って厳しい冬を過ごすものだった。
私は北京を離れて海外で暮らす中で、四合院の価値を知った。ずっと北京に生まれ育ち、今も北京にいる友人が理解できないのも無理はない。私がその昔、都会のマンション暮らしに価値を見出していたように。
北京という都市の古い記憶がなくなりつつある。それは再開発ラッシュで突然消えたのではない。物理的に姿を消す前に、私たちの意識の内側から早々と消えていったからだ。
景山公園の小高い山から見る風景は、北京の過去と現在、そして未来を映し出している。対極的な建物が織り成す異様な光景は、私自身の軌跡と確実につながっている。
(02/01)