恋人たちの道、夢の道
文・写真 于 前
北京故宮北門と景山公園正門の間に挟まれた通りは、北京育ちの私にとって、一番ロマンチックな「恋人たちの道」である。故宮の灰色の城壁と52m幅の護城河は、どれだけの歳月を通り過ぎても、時の流れを感じさせない景色だ。故宮城隅に建つ角楼と呼ばれる楼閣は、河の水と対照の妙をなす。風の中で、しきりにうなずく枝垂れ柳はのびやかで、道を歩く恋人たちは、たとえ沈黙していても、両頬に浮かぶ充実したほほえみが何かの夢を語っているようだ。
空気が澄み切った秋空のある日、私は久しぶりにこの「恋人たちの道」に来た。さっぱりした道を歩くと、北京市内の地図を売りつけようと、10人近くの人たちが私を追いかけてきた。彼ら自身、地方出身者のようだ。観光客が歩く場所でもないし、1枚2元の地図は1日24時間売っても、大した金額にならないだろう。しかも、何人もが同じ商売をやって客を奪い合うとは、商売下手な人たちだ。私は足どりを早めて、彼らのもとを離れた。
一筋の太陽光線が私のまぶたを照らして、目の前が一瞬眩んだ。目を凝らすと、5歳ぐらいの女の子が一人で遊んでいる姿が見えた。短い髪の毛、大きくて黒い目、紫色の服、緑色のズボン、日本のアニメに出てくるような可愛い子だ。思わずカメラを出して、私はシャッターを押した。女の子は恥ずかしそうに顔を隠そうとした。
私の後ろから「恥ずかしがることはないから、可愛い表情で笑って!」という男性の声が聞こえた。私も「どこから来たの?」と女の子に声をかけた。女の子はさらに恥ずかしそうに頭を下げた。「可愛い顔だから人に見せないと駄目だよ。写真を撮ってもらえば有名人になるんだよ」と今度は女性の声が聞こえた。枯れた声で、きつい言い方だった。振り向くと、いつの間にか、私の後ろには地図を売りつけようとした人たちが集まっていた。
私の戸惑った表情を見て、彼らは喜んだ様子で次々に説明した。「この子は凄いよ!歌もできるし、踊りもできる」、「そう、可愛いけど、運命が良くないだけ。もし金持ちの家に生まれていたら芸能人になれるよ」。
「普段の可愛いさをどうして出してくれないの?」枯れた女性の声は更に枯れたように聞こえた。
「誰か早く、この子のお父さんを呼んできて。あなたがこの子のお母さんになれば、この子は幸せになれるよ」、「そう、いい教育を受けることができたらこの子はスターになれるはず」、「来た、来た、お父さんが来た」。私はしゃべることもできず、一方的に聞いているだけだった。
地味な男性が私の前に現れた。女性たちは「彼女はあなたの子どもの写真をたくさん撮ったよ。彼女はどう見てもあなたの子が好きみたいよ。彼女にこの子をあげたら、あなたの子供はもっと幸せになれるはず」と叫んだ。訳が分からなくなった私は、女の子のお父さんを見つめた。
素朴で特徴がない顔、反論もしない態度。何も無い表情は、宝くじに当たって夢か現実か確かめたいような表情に見えた。「ギャー!」。女の子が口を大きく開けて、悲痛な泣き声を上げ始めた。お父さんは何も言わずに私を見ている。細くとがった声の女性が「この子は本当に可愛いから、女優になれるよ」と私に勧めた。私は頭の中で一瞬、「もしこの子を連れて帰りたいと言ったら、このお父さんはどう反応するだろう?」と想像した。
「ワー!ワー!」。女の子の泣き声は叫びに近くなってきた。私も虚脱感に包まれて、何も言葉が出ず、その場に立ち尽くしていた。泣き声はかすれ、お父さんは最後まで何も言わずに女の子を連れて歩き出し、私の視線から消えていった。
時間にすればわずか15分間程の出来事だった。私は、すぐどこかに避難したい気持ちになって実家に帰った。すぐ、日本にいる友人にこの出来事をメールで報告した。「私が許せないのは、うるさく言う周りの人たちではなく、女の子のお父さんが感情を持ってなかったことだ」と書いた。
友人の返信メールもすぐ来た。「于さん、あなたの考え方が間違っている。中国は13億人もいる大国で、死ぬまで山の奥に住んで村から出たことがない人もいれば、故宮を見たくても見られない人も山ほどいる。女の子のお父さんは遠い田舎から、自分の子を連れて、夢を追いかけて北京にやって来た。そういう意味では女の子は幸運だ」。
あれから4か月後、私は再び「恋人たちの道」にやってきた。バラ色に見えたこの道はしばらくの間、私の中で灰色に変わってしまった。でも、友人の言葉は私を大きく啓発してくれた。
再びこの道を歩いてみる。きめ細かく観察すると、更なる発見もあった。枝垂れ柳はもうなくなり、新しい木はまだ未熟に見える。いつの間にか、新しい赤い牌楼が建っていた。地図を売っていた人たちの姿はもう見えない。
私は、寒い冬のベンチに座って寄り添うカップルの後ろに立って、景色を眺めている。考え方を変えれば、この世界に対しての見方も変えられる。開放された中国はまだ多くの矛盾を抱えている。でも、自由に夢を追いかけるチャンスをくれたのも、私が生きているこの時代、今の中国ではないだろうか。
その夜、私は「恋人たちの道」で出会った女の子がスターになる夢を見た。
(03/03)