北京のソナタ
文・写真 于 前
タクシーの座席から、窓ガラス越しに走り去る景色を見ながら運転手と話をすることは、私にとって北京に帰る時の一つの楽しみになっている。北京のタクシーは一種独特のポジションを持っていると思う。それはサービスがいいとか、乗り心地がいいとかいった話ではなく、簡単に言うと運転手たちのキャラが面白いのだ。雑多な人種の集まりだと時々感じさせてくれるからだ。
日本のタクシーに乗る時は、かなりおとなしい私だが、北京では別人になる。私はいつも慌ただしい口ぶりで運転手に声をかける。日本の交通環境に慣れた私は、ハンドルを手にするとうなぎのようにむやみに逃げ回り、スピードを出す運転手に必ずこう言う。
「我不着急、請慢点開」(急いでないから、ゆっくり運転してください)
この一言はタクシーに乗ったらすぐ言うのがコツである。この言葉に対する運転手の態度と言い返し方でその人の性格がすぐ分かる。
「あなたは急いでないかもしれないが、私は急いでいる!」という人もいれば、「おっさんはプロだぜ!」「大丈夫です!」という人もいる。大声で笑うだけの人もいる。
北京のタクシーは運転手の安全を守るため、運転席の周りに鉄格子が付いている。鉄格子をのぞいて運転手の顔を見るよりも、声で運転手を判断するほうが簡単だ。喋り好きな運転手には、自分も地元の人間だと主張した方が遠回り防止にも役立つ。
タクシーの運転手も色々語ってくれる。
「タクシー会社に毎日、決まった額を払えば、残りのお金は自分の財布に入る契約なので、どうしても休めない。人間の欲望は限度がないから大変だ」
「雪が降ってきたら娘から電話が来た。仕事を切り上げて早く家に戻って欲しいと言われた」
タクシー運転手の話から見た中国はいつも新鮮で面白い。
日本全国が韓国のテレビドラマ「冬のソナタ」で盛り上がっている時、北京のタクシー業界もソナタ、ソナタで話題を呼んだ。2005年の旧正月から北京市内を走るタクシー約7万台の大幅更新が行われ、今年から北京現代自動車生産の「ソナタ」が主流車種になった。どうして「ソナタ」が選ばれたのか?車の色は?運転手達の反応は?車に詳しくない私だが、インターネットで北京タクシーの色を選ぶ投票に参加するほど、熱心になった。
旧正月に北京に帰った私は、新しいタクシーに乗ることができた。黄色と紫、黄色と青のソナタは98年からの赤色の「夏利(シャレード)」と比べると見た目だけでも格好いい。運転手の周りには囲いが無くなって、タクシーの密室空間は広くなったように感じる。北京にいる間、寒い北風の中に立っていても、新しいタクシーに乗ることができる。私はソナタに惚れ込んだ。
大年初三(旧正月の3日目)、「ソナタ」に乗った私は運転手に話しかけた。
「最近、北京の新スポットがありますか?」
運転手は楽しそうに答えてくれた。
「ふたつあるよ。一つは自分がエイズになったと思ったひとりの男性が、1人で自殺するのではなく、奥さんも子どもも連れて飛び降りた場所。もうひとつは郊外で、爆竹で大けがをした人がいた。これ以外は何かあるかなあ」
質問と答えが噛み合わない。それでも運転手は輝いた目つきで話を続ける。
「そう、私のソナタは新しいよ、まだ100キロも走ってない!」
「車を更新して嬉しいですか?」
「それはそうに決まっている。これこそ“以人為本”(人間本位)だ。一番解放されたのは我々運転手です。前の車より広いし、動きやすい。エアコンも付いているので、冬は暖かいし、夏は涼しい」
「安全を守るための柵はもう付けないのかしら?」
「これからはもう付ける必要が無い。私のソナタは凄い。GPSも付いていて、衛星で位置を調べられる。タクシーに乗るお客さんに何か急病があっても、すぐ管理センターにつなげば、車の現在位置から一番近い病院を教えてくれる。もし、強盗が襲われても、犯人は破滅の道に入ったのと同じだ。事件があったら、タクシーはすぐ自動的に止められ、ドアも開けなくなる、この鉄の中で犯罪者は警察を来るのを待つしかできない。本当に凄い」
車に詳しくない私も興味津々で運転手の自慢話を聞く。運転手はまるで自分の同僚に美人の奥さんを自慢しているようにますますテンションを上げている。
「どうしてソナタが選ばれたの?公平な競争で選ばれたのか?」
「それは簡単だよ。北京は北京現代自動車のソナタを選んだ。広州では広州ホンダのアコード。上海、武漢でも基本的に当地で生産された自動車を使っている。維持管理もしやすいし、部品の取り寄せも近い方が安い。地元の車を選択した方が、地方財政にも大きな貢献になるし、当たり前のことだ」
私は運転手の経済学を聞いて思わず笑ってしまった。
(03/18)