2階建ての四合院
文・写真 于 前
北京・故宮の東南側に「南池子」という場所がある。昔、皇室が倉庫として使った地区だったので、長い間、庶民にとっては立ち入り禁止地域でもあった。時代が移り、一般の民家も入るようになると、「南池子」は様々な四合院が集まる北京の原風景と言える場所になった。家主の身分、貧富の差が四合院の高さと広さの違いとなる。100年の歴史を持つ「南池子」に残されている伝統民家は、北京の「歴史文化保護地域」に指定されるほど、価値のあるものだった。
2002年から03年にかけて改築され、「南池子」の姿も変わった。友人のAさんは私に「必ずこの新しい四合院を見に来てください」と強く勧めてくれた。
日増しに発展する中国社会の中で、Aさんは異色の生き方を選んだ人だ。私より十歳以上も年上で、四合院生まれ・四合院育ちの彼女は、事業が一番成功している時に自分の会社を友人に譲り、布団を巻いて、北京郊外で半分隠遁する生活を選んだ。
日本に戻る前日、私は彼女の言う通りにタクシーに乗って「南池子」を訪ねた。もし、運転手が私に「下車してください」と何回も言わなければ、私は目的地に着いたとは信じられなかっただろう。
深くて長い路地はなくなった。路地に取って代わったのは、ローラースケートもできるようなツルツルしているアスファルト。車は水を得た魚のように自由に往来している。1列に並んだ青い煉瓦の塀の向こうに、高い灰色の瓦の屋根が見えた。黙々とそこに立つ建物は新しく、輝いている。
四合院の電子呼び鈴を押すと、Aさんの友人という50代前後の男性が私を歓迎してくれた。男性は厳粛な表情で「ずっと待ってましたよ。日本から来たの? この四合院は知り合いがいないと入りたくても入れない場所だよ」と丁寧な口調で喋りかけてきた。
四方の景色を見回すと、私はがっかりした気分に包まれた。私が見た景色は普通の四合院ではなく、新発明とも言える「2階建ての四合ビル」だ。
あいにく、天気も曇ってきた。
「この四合院の中には8家族が住んでいます」
「住み心地はいいですか?」
「ここは賃貸に出している部屋が多い。外国人に人気だから。左から2番目の部屋はスイス人。左から5番目にはフランス人が住んでいる。小さい子供を持つ家族もいないし、とても静かな環境です」
私は「凄い、凄い」という相槌しか言えなかった。部屋の中に入ると、セメントの柱が見えた。私は何を言えばいいか迷ってしまった。
許可をもらって、私は部屋の内部の写真も撮った。
「息子が日本の漫画の大ファンで、ここも漫画だらけで……」と説明しながら、男性は片付けはじめた。何も言えなくなった私は、自分のバツが悪い表情を変えようと努力した。
2階建ての四合ビルは微動だにしない。私の心は江水のように、逆巻いたり、転げ回ったりしていた。四合院の模造品としか言えない建物から出ると、私はAさんに報告の電話をかける勇気もなくなっていた。
Aさんからメールが来た。私はようやく、新「南池子」に行った時の気持ちを整理して、自分の心境を説明した。あの日はまるで映画のセットを見ていると錯覚するような感覚だった。
四合ビル以外、完全な形で残された民家もいくつかあった。四合ビルは間違いだらけな失敗作だ。努力した上での失敗はもう元に戻せない。失敗作だという認識があれば、まだまだ可能性はある。
新旧の文化がぶつかり合う時代。私はいつも交差点に立っているような気分に陥る。絶えず自分の考えを確かめておかないと、すぐ迷ってしまうような気持ちがしている。
(04/01)