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漫歩寄語

日本からのお客さん

文・写真 于 前

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 あの日、私の眺めている街はすっかり変わっていた。綺麗な、でも単調かつ無個性な新しい建物からは、もう昔の面影は何ひとつ残っていない。

 高校時代の同窓生、Lさんの家を訪ねて行った私は、北京・東単の街で迷ってしまった。Lさんのお爺さん、お婆さんが住んでいた建物の場所もわからなかった。

 まだ覚えている。10年前に日本から北京に帰った時、私はLさんに、四合院で食事する風景を撮れる場所を紹介して欲しいと依頼した。

 Lさんは、自分のお爺さんとお婆さんが住んでいるところに連れて行ってくれ、私は大歓迎された。まる1日かけて、用意された料理が食卓にいっぱい並んでいて、初めて大きな棗(なつめ)の中に落花生が入っている料理を食べた時、私はどんなに幸せを感じたか、今も鮮明に覚えている。

 「お婆さんは特別に料理をたくさん作ったよ。日本から来たお客さんだから。写真を撮って、今の中国を日本人に紹介してください」。

 お爺さんはとても嬉しそうに話してくれた。多少、どうしたらよいか分からない気分になった。日本に住む私は、中国に帰っても「日本」と言う2文字と離れられないということを初めて実感した。「大事なお客さん」と2回も呼ばれて、私は慌てて首を振った。

 「これは昔、日本軍にやられた傷です」

 お爺さんは腕を伸ばして、手首に残っている深い傷跡を見せてくれた。肝心な時に、私の言葉はいつも付いてきてくれなかった。

 今でも、私はその時の自分の反応を後悔している。どうして20秒ぐらいも沈黙が続いてしまったのか。私はすべてを避けていた。

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 あれから10年後の街。古い建物は全部、煙のようにどこかに消えてしまった。

 北京の空気は意外に乾燥している。私は1本の電話をもらった。「日本から来た大事なお客さんだから、ご馳走したい」と言う内容だった。誘ってくれたのは雑誌編集者のAさん。日本の桜の写真を探しているという彼女と、北京市内で会うことになった。

 レストランで会った時、私は彼女の若さに驚いた。青春の小さい尾を無理につかもうとする私と比べて、彼女の全身から立ち昇る活気と若さは、すべての笑い声の中で満ち溢れていた。

 「今日、ここに来る前に想像していたよ。于さんが原宿の若者のように、超現代的な服で来るんじゃないかなと……」

 可愛く、美しい白い肌を持つ彼女は、日本から来た私を見て、まるで日本で迷っている観光客が突然、ガイドに出会ったように喜んでいた。

 「私は日本が大好き。日本の映画、日本の京都、日本の漫画……」。彼女の表現には何も飾りが付いてなかった。

 「桜の文章は、私が書いたのよ。日本には1回も行ったことがないけど……」

 私は彼女に桜の写真を渡した。23歳の彼女は、高校生の時から「哈日族」(日本が大好き)だと言う。彼女にとって、日本から来た私が、目の前で喋っている日本に関する話は、全部面白く聞こえるらしい。

 彼女が書いた桜の文章を繰り返して読んだ私は感心した。彼女は夢の中で何回も日本に来ているに違いない。

 「春か来た時、私は気が狂ったような考えを持つようになった。桜が咲く足跡をついて行って、すべての桜の木の下で日本を見て見よう……。ひとつの桜の花が私の肩に漂ってきた。指で桜を開いてみる。初めて、しげしげと桜を見ることができて私は感動した。淡く、微かなピンク色の桜は、落ち着いて静かに私の手の平で横になっている……」

 東京の桜が咲く頃、彼女からメールが来た。

 桜特集の雑誌が発売になり、彼女はとても喜んでいた。「北京に来たら、またご馳走したい」と言う彼女の言葉に、無邪気な笑顔が見える。

 いつの間にか、私は「日本からのお客さん」になった。幾つもの笑顔が私の目の前を通り過ぎ、自分がただの「お客さん」ではなくなったことに初めて気づいた。

(04/20)





于 前(YU QIAN)

中国北京生まれ。フォト・ジャーナリスト。現在は東京を拠点に、中国大陸、香港、台湾の雑誌などに日本をテーマとした記事や写真を発表している。著書に「チャイニーズレンズ」(竹内書店新社)。



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