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漫歩寄語

柳絮(りゅうじょ)舞う時

文・写真 于 前

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 「柳絮(りゅうじょ)舞う北京の春」。日本で生活している十数年間、柳絮のことなど一度も思い出したことがなかった。私にとって重要ではないはずのことが、北京に戻った数日間、ずっと私の頭から離れなかった。

 きっかけは日本人からの一通のメールだった。「(北京では)今でも柳絮は飛ぶのでしょうか? 漢詩を習い始めた中学生のころから、一度でいいから見てみたいと……」。

 小さい頃、白い柳絮は精霊のように見えた。柳の綿毛を自分の手でつかまえることができれば、夢もつかまえることができるはず、と心のどこかで想像した。春が来ると、風の中で飛び舞う白い柳絮を指して、周囲の年輩の人は必ずある物語を語ってくれた。

 「あるひとりの女の子の継母は毎年、2種類の綿入り上着を作る。本物の綿が入った上着は自分が産んだ子どもにあげて、もう一着の柳絮で作ったニセモノを実の子ではない女の子に着せる。冬の北風が骨を刺す。継母の心は、寒風に比べても更に身を切るように寒い……」

 この古い物語はあまりにも深く印象に残っているから、柳絮を見ると、私はいつも可哀相な女の子の悲惨な境遇を想像する。保温できない柳絮の上着、女の子は全身を震わせ……。

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 私は姉に電話して、柳絮の思い出話をした。姉の鋭い叫び声が電話線から噴き出してきた。

 「あの鼻の穴に突進して、無理矢理吹き込んでくる煩(わずら)わしいヤツのことを言っているの? 私たちが現実の生活の中で奔走している時に、あなたの余裕はいったいどこから来るの?」

 姉の反応はとても大きかった。 「あなたも、もう一度政治科の授業を受けて、思想教育でも受けてみたら?」

 その時の私は思いつきもしなかったが、姉の冗談半分の提案はわずか2日後に現実となった。

 柳絮があちらこちらを飛び回る日、私は姉の子どもが在学している中学校の授業参観に出かけた。意外なことに、公開される授業は「政治科」だった。

 政治科という言葉を聞くと、私は柳絮になって風とともにどこかへ行きたい気分に陥る。中学校生活は、私の多くの想像力を磨滅した場所とも言える。なかでも「政治科」は、私にとってかなり単調な科目だった。政治家たちが喋った言葉のすべてを暗唱しなければならなかったからだ。文中の記号まで間違ったらいけないという要求が私の難題でもあった。もし、政治を学ぶ時間を利用して外国語を勉強していたならどんなに良かったか、と大人になって初めて、自分の口からハッキリ言えるようになった。

 2005年4月。北京の中学校の「政治科」は何を教えるのかしら。私は極めて大きい興味を抱いて、この授業風景を見に行った。

 朝8時半からの授業を参観した大人は、私を含めて2人しかいなかった。

 教室の黒板に大きなスクリーンをかけて、政治科の先生は、自分が用意した電子画像と説明のデータをパソコンから取り出して、授業を始めた。「半自動化」の授業に時代が感じられた。

 スクリーン上に現れる漢字のタイトルは更に意外だった。「プライバシーは保護される」。

 40分間の授業中、先生は説明よりも、実例を出しての質問に時間を割いた。例えば、「個人のプライバシーとは何か?」、「企業秘密を割り出した産業スパイの行動は、プライバシーを犯したと言えるか」、「芸能人のプライバシーを追いかける芸能記者はどうか」……。

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 その日の夜、私は姉の子どもからお礼の電話をもらった。

 「叔母が大好き、ネズミが米を愛するように……」

 インターネットで流行っている歌を使って、歌って挨拶してくれた。私もすぐ言い返した。

 「何を言っているの? あなたはネズミ、叔母は米なの? 私なら『柳絮が飛び回って、春を知らせてくれる』ような歌を歌うよ!」

 姉の大きな笑い声が聞こえてきた。受話器の向こうで姉が言う。

 「ウチの子は毎日、朝7時30分からお昼までに5つの科目を学んで、午後には更に4つの授業を受けているのよ。熱くもなく、冷たくもない柳絮なんかに注目するヒマがないのよ! あなたは、日本と中国の間で迷っているから、あなたの方が柳絮に似ているね? 早く公園でも行って、水面に漂っている柳絮と自分の今を比べてみたら?」

 電話を置いて、窓の外を眺めた。高いビルが覆い隠した都市の片隅に、私は立っている。私の中にあるたくさんの思い出と古い物語は、心に残る過去の風景に過ぎないのだろう。

(05/11)





于 前(YU QIAN)

中国北京生まれ。フォト・ジャーナリスト。現在は東京を拠点に、中国大陸、香港、台湾の雑誌などに日本をテーマとした記事や写真を発表している。著書に「チャイニーズレンズ」(竹内書店新社)。



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