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漫歩寄語

盧溝橋の石獅子(下)

文・写真 于 前

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 10年後、盧溝橋へ行く道はすでに平坦になっている。北京市内から40分ぐらいで着いた。宛平城城門の道の両側は工事現場になっていた。中国式の建物を作っている様子なので、恐らく土産店かレストランができるのだろう。ここも観光化を急いでいるようだ。

 城門を通りすぎると盧溝橋が見えるはずだ。しかし、目に入って来たのは切符売場と、その周りに集まる人たち。私の心は沈んでいった。一本の橋の前後を塞ぎとめて「重点的に保護する」気持ちは理解できるが、橋が閉じ込められたため、自然の中で生きる1枚の美しい風景を写すことは不可能になった。これは誰が出したアイディアなのだろうか?

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 景観を傷つけた切符売り場で、1枚10元の入場料を払う。狭い門を過ぎると橋が見えた。天候もいまひとつだが、観光客は数十人いる。橋を3回往復したら、日本語が聞こえてきた。友人のYさんは、日本語が聞こえる方に頭を上げて、まっすぐ彼らを見つめた。彼女の動きは明らかに行過ぎで、今度は7人ぐらいの日本人の視線が私たちに集まった。

 Yさんは「日本人がどうしてここにいる?」と私に尋ねた。彼女の質問はまっすぐで硬い。私から見れば、彼女は10年前の私と同じように、不自然な表情をしている。10年後の私はしっかり石獅子の表情を見て、数を数える余裕ができた。それでも数を正確に数えるのは難しい。すぐに混乱した。車に乗り込むと、帰り道は気分転換も兼ねて新しい道を選んだ。

 すると突然、奇妙な光景が目の前に現れた。宛平城城壁の下に、数え切れないくらいの黒い石が置かれいる。綺麗に並べられた石は、ある種、人の心の奥底を打ち壊す力を持っている。一面に広がる黒い石の中で、青年が1人、作業をしている。何をしているのか。

 車を飛び降りた私は青年のところまで走って行った。近づいてみると、青年は石の上を黒く塗っていた。石の上には証文が彫刻されている。

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 「11月30日、日本軍は山西の昔陽東寺村で大衆49人を殺した……」、「……住民108人を殺害した……」。石ひとつひとつに異なる内容が彫刻されている。

 私:「これは何ですか?」
 青年:「石鼓(石でできた太鼓)で、日本侵略軍び犯罪証拠を記録するものです」
 私:「誰が計画したものですか?」
 青年:「ある企業家が寄付から出てきたものです」
 私:「全部で、石は幾つになりますか?」
 青年:「3800個の石を作る予定です」
 私:「今、あなたが行っている作業は何ですか?」
 青年:「黒い色に染めています。これで文字がはっきり見えるでしょう」
 私:「あなたが自分で彫ったものもあるのですか?」
 青年:「あります。私は石工ですから」

 私たちの対話は猛スピードで、ほとんど畳み掛けるようなものだった。

 私はしばらく躊躇してから、「幼稚な質問だけど、どんな気持ちで作業しているか教えてくれませんか?」と質問した。

 青年は「何も考えずに仕事をしている。私は戦争の時代に生まれたわけではないし。でも、歴史だから忘れてはいけない」と答えてくれた。

 車に戻っても私は心の中は落ち着かない。Yさんは車から降りなかった。それでも彼女は「中国人が日本人を嫌う原因が分かったでしょう。日本軍が憎しみの種を播いたからだ」と話した。

 「憎しみの種を播いた」。この言葉は私に多くのことを考えさせた。4月末に日本に戻り、日本人の友人と会うと、デモの話題から離れられなかった。しかし、私はどんな質問にも冷静に答えることができた。

 ゴールデンウィークを使って、私は住んでいる家の庭を綺麗にして、沢山の花を植えた。ここに引越してからの2年間で初めて、この庭を片付けてみたくなった。もっと、日本での生活を享受する必要があると私は決めた。もっと深く日本を知って、私が見た日本を中国の友だちに紹介したい。普通の庶民として、笑顔で交流を深めることができれば、いつの日か、体のどこかに埋めてある深い恨みも滅び去るだろう。

(06/01)





于 前(YU QIAN)

中国北京生まれ。フォト・ジャーナリスト。現在は東京を拠点に、中国大陸、香港、台湾の雑誌などに日本をテーマとした記事や写真を発表している。著書に「チャイニーズレンズ」(竹内書店新社)。



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