宝との出会い(下)
文・写真 于 前
(前回のあらすじ:北京の実家を両親がリフォームすることになった。ところが、父が大切にしていた本が改築中に盗まれてしまう。家族は肩を落とし、本が家の宝だったことに気づく。筆者は宝物を入れることのできる家具をひそかに注文した)
本棚に似た宝物を入れるタンスが、あまりにも変わった注文だったからだろうか。わざわざ家具屋さんが電話をくれて、「お客さんに頼まれた家具は何を入れるものかしら?」と聞いてきた。
「思い出の宝物を入れるタンスを考えてください!」。すぐに私は答えた。
中国で買い物をする時は、こういう楽しみ方もある。
中国人しか行かない市場で買い物をすると、自分の考えを売り場の人に説明すれば、特別仕様にしてくれることが多い。とくに家具を買うならば、その場で買うよりも見本を見て、自分でデザインしたものを書いて渡すといい。客の思い通りに新しいものを作ってくれる。
いつも高いお金がかかるとは限らない。材料が余って偶然安くなる可能性もある。その柔軟性のある商売が、私は大好きだ。
実家に登場したタンスは特別注文したもので、自分でも満足した。
それは本棚より低く、ガラスがはめてあり、鍵もついている大きな箱のようなもの。木材の色もそのまま残っていて、質素な中にも持っている明るさは美しかった。
母は喜んで、日本の知人からもらったお米の人形を記念第一号として、タンスの中に入れた。
その日以来、私が帰国するたびに特製タンスに面白いものが増えている。
骨董市場で買った白磁青花の瓶がある。もちろん本物ではないが、中国の歴史小説に出る話が絵柄になっているから、タンスに収めたときは家族で盛り上がった。両親が古いしきたりを語ってくれる場面は、もう何十年ぶりのことだろうか。温かかった。
私がよく行く骨董品市場は、日本の旅行雑誌に紹介されているような場所ではなく、地元の人たちの間で知られているところだ。実家の近くにある市場を歩馬観花して見るだけでも、品物より売っている人たちの方が面白いことを発見できる。
商品の後ろに座って寝ている人もいれば、漫才のように二人で商品を持って自慢する人たちもいる。どう考えても売れないようなものを持って、ただ人が来るのを楽しんでいる人も見かける。そして品物は、ぜんぶ値引きできる。言い値の十分の一で買っても不思議ではない。
文革時代の骨董品を集めた特別週間だったろうか。私は一人のお爺さんに出会った。
まったく知らない人なのに、お爺さんは単刀直入に声をかけてきた。「そこの若者、何も知らないのに、訳が分からないような生き方しているのではないか?」
女性の私がこんなところにいるとは、何か儲けることを考え、お宝に出会うチャンスを狙って商品を探しているに違いない、だから夢を持っている生き方ではない。そうお爺さんに判断されたようだ。
文革時代のポスターを大きく掲げるお爺さんの目は、思い出で光っていた。まるで一人の戦士が私の前に立っているように見えた。
こんな時、黙って愛想よく笑うのが一番。私は毛沢東語録が書いてある自転車用の標示を買い、急いでその場から離れた。
4月に北京の実家に帰ったらビックリした。
夜も遅いのに、父の大学の同僚が歌を歌っていた。日本から戻って来た私を見ても、遠慮することなく歌い続けている。仕方なく私は一時間も待っていた。
その先生が帰った時、私はさらに自分の目を疑った。
私が作ったタンスの中の宝物が、小さな米の人形のほかは後ろ向きになっているではないか! 米の人形だけが、勝者のようにほほえんでいる。
「何があったの?!」
私の慌てぶりに、母はお腹を抱えるほど笑った。
「お父さんに説明してもらったら?」。母は笑いを止められないらしい。
父は私の前に立って諭してくれた。「娘が心を込めて買ってくれたものだから、嬉しい。でも、現実というものも知ってもらわないといけない。大学の先生の私たちは、昔は同じ給料をもらって、同じ家具を使って、同じレベルの生活をしていた。ところが中国が変わり、沢山のチャンスと自由をくれた時、私たちの生活の差も広がってきた。とくに子供たちの生活レベルは、全く変わってきた。子供が仕事に就けないという先生さえいる。噂も走るようになった。どうして誰々の先生の子供は外国に出て、全然戻ってきてくれないのか? これは名前を言わなくても誰を指しているか一目瞭然だ。だから我が家に様子を見にくる先生もいる。宝が入っているこのタンスは、あまりにも誤解を与えやすい。骨董品に見えるものは高級品に勘違いされやすいし、中には政治的な意向を示すようなものもある。誰かを刺激したら、お父さんも不安だ」
父の言っていることを心の中で復唱し、私は弱々しく笑った。
母も言葉を継いだ。「このタンスを見に来る人は多いから、さっきの先生の視線がこの中に届く前、お父さんはあなたが日本で出している本をタンスから取り出し、見せてあげたのよ。見てください、うちの娘は日本で中国のいい景色を日本人に紹介している! その先生も感心していたよ。全部日本語で書いたし、何よりも表紙は中国の写真だもの。本当によかった」
そう話す母の笑顔に父と私の空気も解けた。タンスの前で我が家の三人は、大合歌をしているように笑った。
(07/21)