ガラスケースの中の身分
文・写真 于 前
蒸し暑い七月だった。
北京の実家の近くにある大通りを渡る時、ふと見た広告看板が私の視線を凝固させた。 「全景のガラスの壁は、輝く夢幻の身分を製造する」
目の前にはその文字だけがクローズ・アップされ、ほかは何も見えなくなり、まるで無人の惑星に取り囲まれたような場所に着いた気分に落ちた。
「輝く夢幻の身分というのは、どのような身分かしら?」
何でも新鮮な目で見て矛盾を感じる私に、友人のKさんは「この世に不可能なことはない。大胆に考えれば、できないことはない」という言葉をプレゼントしてくれた。彼女は含蓄ありげに私を責めている。
Kさんの友達は、北京を代表する有名なストリート・王府井で、ある店をオープンさせた。これから何を中心に売り出すか、まだ分からないままに開業した。私から見れば、日本人が東京の銀座で店を作り、目的は後から検討するようなものだ。とても考えられない不思議な話で、理解しにくい。
でも、ここでは違う。王府井に足を踏み込んだだけで成功している、と言えるらしい。場所さえあればすべての問題は解決できる、と誰もマイナスなことを考えない。
Kさんと一緒に、王府井のある店を訪ねたときだ。50歳が近づいたQ社長が、店の外に置いてあるプラスチックの椅子に座っていた。
ちょうどその時一本の電話が入り、私たちの紹介を邪魔した。
「仕事探しているの? あなたの専門は?」。Q社長は電話に向かって、得意満面な表情で電話の向こうにいる人に質問する。「何? 北京ダック売る専門!?」。社長の声が笑っている。
5分後、白い袖のブラスと綿のズボンをはいた20歳ぐらいの女の子が、私たちの前に立っていた。先ほど電話をかけてきた子のようだ。
Q社長は座ったまま、頭を下から上まであげた。「どこから来た?」
「甘粛」。女の子は答える。
「なぜ甘粛の訛(なま)りがない?」
「訛りはあると思う」
「年は?」
「23歳です」
「北京に親戚(しんせき)がいますか?」
「いません。一人で北京に来まして、もう三年目に入ります」
「仕事した経験は?」
「北京駅前の売店で、北京ダックを専門に売っていました。すべてのダックを知っているし、値段とお客の対応も詳しいです」
「この店も北京ダックを中心に売っている。店の前に旅行社のバス停があるので、お客さんは山ほど来る。北京ダックもここしか置いてないわけではないし、大きな声でお客を呼ぶ力はあるかどうかが一番重要だ」
「それはできる。2年以上、北京ダックしか売ってないし…。給料は毎月いくらですか?」
「給料?いくら欲しい?」。Q社長はお金の話を聞かれて、ビックリした様子だ。
女の子は黙ったまま答えない。
「一月…600元」
女の子からの質問は続く。「何時から何時までですか?」
「12時、13時ぐらいから夜10時まで」
「食事は? 住むところは?」
「それ…なら簡単だ」
「休みは、一週間何回ですか?」
「休み? …一回」
面接の会話を聞いている私は混乱し始めた。
自分が日本に来たばかりの時、日本語のメモ用紙を持って「ワタシハ、アルバイトをサガシテイマス」と読みながら店を回った場面を思い出し、女の子に同情し始めた。私の店なら、すぐでも彼女を使ってみると思った。
Q社長の顔を見たら、最初の笑顔も消えて、言葉の語調も昇格させ始めた。
「仕事したいなら、今ここで北京ダックを売って見せてください。家に戻ってから考えてあげてもいい」
面接は奇妙な雰囲気の中で終わった。
Q社長は立板に水を流すようにしゃべり始めた。
「さっきの子は分かる? 仕事を探して来ているのではない! 私に休みはあるか? 給料がいくらか何で聞く? 可笑(おか)しい。あんな田舎から北京に来て、仕事があるだけでもありがたく思わないと! 本当に仕事をしたい子なら、この話はしません。私は住むところから食事まで用意してあげて、それだけで運がいいと感謝しないと。駄目、駄目、条件をばかり言って、駄目! 一目で駄目と思った!」
Q社長は山河を呑みこむほどの意気で興奮している。私は、輝くガラスケースの中で踊っている男性を想像した。彼のような人は、いつか輝く夢幻のような身分を手に入れるかしら。そう大胆に考えたら、美しいとは言えない画面がおぼろげに見えてきた…。
Kさんは私の視線から、噴射している怒りを察したのだろう。
彼女はこう言った。彼みたいな男は、自分が一番賢いと勘違いしている人よ。でも、そのような人でも活躍できることは、一つの公平かもしれない!
Kさんが言っていることは正しい。Q社長が王府井で店を作ったことは、輝く夢幻のような身分を手に入れたことだと思っているに違いない…。
(09/12)