カメラマンの知恵
文・写真 于 前
こんな冗談が中国にある。人の一生に二回だけ、本人かどうか分かりにくい写真があると。
一回目は結婚する時の写真。二回目は身分証明書で使う写真。結婚写真は、画像処理されて誰でも芸能人のような真っ白な顔になる。年齢が分かりにくいだけではなく、みな同じような化粧をするケースも多いので、決まって“美しく”見える。
身分証明書の写真は、プロカメラマンが撮ってくれるケースは少ないので、逮捕された時に新聞に出るような写真が何となく多い。
今年の中国は、全国的に住民の身分証明書を更新することになっている。13億の人たちが一斉に身分証明書を更新することは、これで二回目。この作業を考えるだけでも、壮大な画面を想像できる。
一時帰国した私は、このことを真剣に受け止めた。公安局の派出所というところで更新手続きをする前日、どうすれば写真を美しく撮ってもらえるか、脳みそを絞って考えた。カラー写真なので、服の色から髪の毛の結び方まで研究しなければいけなかった。
これから20年間も使える身分証明書なので、親しく感じられるような写真を残したい。
「どうして写真屋で撮った写真が使えないの。公安局に任せることは、不公平を温存させるのでは。撮影代が一人20元なら、13億人はすごく良い商売ではないか?」
私のこの考えには、周りの誰も関心がないようだった。
気分が沈まない状況で写真を撮ってもらいたい私は、わざわざ青空の日を選んで公安局の派出所へ向かった。自家から歩いて15分のところに派出所がある。典型的な90年代の建物だった。タイルの外観の凡庸なビルを見た時、退屈なイメージが私の頭に水をかけ、心の中で温かくなりかけた期待を冷ませた。
「センスが足りなさそうなところだなあ」。ぞろぞろ出入りする人たちを見て、不安になった。その一方で、新鮮な気持ちも高まった。
日本に住んでいる私は、中国の派出所へ行くのもこれが初めてなのだ。
身分証明書の更新は、写真撮影から始まる。30人ぐらいの人たちが庭まで並んでいた。一番後ろに並んだ私は、中の雰囲気が見えなくて、前に並ぶメガネを掛けた青年に聞いた。「写真を撮る時に笑っていいかしら」
青年は何も言わず、ビルの壁に貼ってある写真の見本を指した。
美しい女性が、写真の中で甘く笑っているではないか。良かった、中国ではこの習慣はまだ変わっていないのだ。
中国は日本と違って、証明書の写真を撮る時にも笑う方が正しいという認識がある。綺麗に笑って、知らない人に見せる時に好印象を残してあげることは大切なことだ。
私は一安心した。列が進むと、撮影部屋をのぞくことができた。偶々、私の視線はあくびをしているカメラマンの口に当たった。ワッー、完全に疲れている中年男性は、もう機械的な姿勢になっている。
でも、不思議に撮影室は静かだ。撮り直しのきかない写真を撮るために、誰もが静かな雰囲気を守ろうとしているのかもしれない。中国では珍しい光景だ。
一人の撮影をする時間は1分間で、かなり速いスピードで進んでいる。青年の順番になった時、カメラマンは力なく声を出した。
「メガネを外してください。メガネを掛けたいなら、そこのメガネを使ってください」
机の上に5種類のメガネが見えた。フラッシュでメガネが反射しないように、ここではガラスの付いてないにせものを使うのだ。この方法を見れば、カメラマンが本当のプロでないらしいことはすぐに分かった。
毎日数えきれない人たちの写真を撮っているため、カメラマンは神経質になっている。いらだちはどう見ても頂点に達していた。表情は固まっている。
「どうそ、座ってください」。「笑ってください」のような説明も、全部省略している。
この雰囲気の中、私の表情も不自然になった。「これはまずい!」。私の順番になったが、情緒を少し調整しなければならない。焦ると更に制御することができなくなった。しかたなく、私は1回空せきをした。
慌てふためいて、椅子に座って、カメラに向かった瞬間、私の表情はそのまま柔らかくなった。正確に言うと、笑わずにはいられなかった。
視線に飛び込んできたのは、毛沢東の笑顔だった。
小さいカメラの側に、一枚の100元札が堂々と立てかけられている。
うっすらと赤い百元札の毛沢東は、和やかで親しみやすかった。
「お金に向かって笑ってください」という説明をしなくても、私はぷっと吹き出した。
すごい才能の持ち主ではないか。人民元の100元札に向かって笑い、視線を合わせようと知恵を出す。カメラマンは、やはりプロだった。
(10/05)