長城の外へ(3)
文・写真 于 前
豊かさか問わぬ村
翌朝、彼女と一緒に万里の長城の近くにある村へ足を運んだ。彼女の話では村の裏側は山で、地元の農民たちが使っている道を通れば、観光化されていない万里の長城にも登れる。
しばらく歩いたが、村民の姿も、農村らしい景色も見あたらない。私は無声映画を見ているかのように、目を大きくして、耳をそばだてて、すべての動きを探り出そうとしていた。
そして胸の中に、小太鼓をたたくように一つの問題が、続いてまた一つの質問が出てきた。
「田舎の耕地はどこにあるのかしら?」
「どうして村民の姿も見当たらないの?」
「先に豊かになれるものから豊かになろう」というスローガンを思い出した。「長城の近くにいるのだから、ここの農民が豊かになり遅れるはずはない」
私は自分の中で、この問題を解決しようとした。
一本の地味な大通りを通りすぎると、コンクリート塀が私たちの行く道を遮った。表門の向こうに、ヨーロッパの建物を真似た別荘群が現れてきた。建築を学ぶ一年生が夏休みにこなした宿題のように、熟していない。多くの別荘は建設中で、同じ形、同じ色の建物が綺麗に並んでいる。わざとらしい作りは何となく、人の視線を奪い取る力を持っている。
世の中は本当に奇妙なのだ。現代化を目指している中国人の中に、古色ただよっている中国式の建物よりも、西洋の匂いがある建物に住みたい人が増えている。
隣にいる彼女は、突然あっさり言った。「このあたりは昔、村の耕地だった。別荘を建てることで、農民たちはもう畑仕事をしない」
興味津々の私は、自然にカメラをバックから出した。彼女はあ然として「やめてください! 警備員がすぐ来るでしょう。別荘群を通り抜けるまで待てば、村に入れるから」
「ここは軍事基地ですか? 何故こんなに面倒なの?」。私は納得できなかった。
カメラのシャッターを押した瞬間、警備員の声も聞こえてきた。「駄目です!」
「何が駄目なのですか?」 怒りの炎がたちまち昇った。
幼い時に平等教育を受けて大人になった私は、中国で見る警備員の顔にある種のいらだちを覚える。建物の周りに立つ彼らの存在は、今の中国の貧富を分ける一本の線を引いているように見えるからだ。
「私たちは別荘を探しています」。彼女の反応が速かった。
警備員の顔もすぐ花が咲くように輝いてきた。無線通話機に向かってどこかに報告している情況を見て、彼女はすぐ言い方を変えた。「今日は時間がないから、今度また来ます」
彼女は私をぐっと引っ張って、警備員がいる場所から逃げ出した。
住むところを選ぶときは、靴を買う時と同じように自分に最も合うサイズを選んだ方がいい。このような場所は私に合わない。その時思った。
彼女は落ち着いて説明した。「これから行きたい村はもうすぐ見えるよ。村の前にあった耕地は全部売られたの。別荘群の酷いことはデザインじゃない。この地域から外へ出るために、村人たちが普段使っている近道が奪われたこと。二時間かけて遠回りにしないといけないのに、抗議する人は一人も出なかった」
私の視線は村のある場所に向かって止まった。さっき見た別荘群の映像は、頭の中にいっぱい詰め込んでいる。
右は別荘、左は何の特徴もない村。「もし私がこの村に生まれていたら、どんな気分で別荘族を見るかしら?」。幼稚な気持ちで他人を同情した私は、ある農家に入ってその生活ぶりを見たら、さらに感慨深くなった。
私がこの村のことを知ったことにも、別荘族の専用道を使って村に入ったことにも、私が別荘族の人かどうかにも、彼らはまったく関心がない。
平然としてすべてを受け取り「家の豆腐が多いしいから、食べたいなら朝早くに来てください」。その一言で、私は頭から足まで温かくなった。
だれが否定できるだろう。今の中国では、遅れて豊かになる人たちの貢献と支持があるから、先に豊かになれるものが豊かになったのではないか。
(次回に続く)
(12/24)