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漫歩寄語

長城の外へ(4)

文・写真 于 前


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塀も門もない家で

 私の普段の生活は田舎から離れているため、農村は自分には余りにも遠いと思うことが多い。「一平方メートルを5000元(約7万2000円)で売っている」別荘と、耕地を失って静まりかえった村を見たとき、部外者の自分はどうも落ち着かなかった。

 だが、世の中には様々な偶然がある。あるきっかけで、私はこの村の二つの家に入った。

 目の前の村を見て、じっと黙っていた時のことだ。息の荒い声が後ろから聞こえた。「この荷物を家まで運んでくれないか? 今にも死にそうだ!」。70歳を超えるお爺さんが、地面に座ったまま崩れていた。

 お爺さんの荷物を確認したら、バラバラになっている木の棒しかなかった。この人が運びたい「宝物」は、私から見れば全部ゴミになる。

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 隣にいた彼女と荷物を家まで運ぶと、お爺さんは意外にも「ポン」と背筋を伸ばし、「今日は世界で一番優しい人たちに出会えた」とほめてくれた。

 ただの貧乏人だと思っていたが、現実は違っていた。目の前の一列の建物は全部お爺さんの家だった。大きな庭があるし、庭に何種類もの果樹を植えていて、様々な野菜も青くてつやつやしている。よく働く家族だと一目で分かった。

 庭で洗濯しているお爺さんの孫は、私たちを見てそわそわ声で聞いてきた。「あなたたち、ののしられなかった?」。全く筋違いの質問だった。私は何もまずいことは起こらなかったと説明した。

 孫の話では、最近お爺さんはボケているのか、よく目立つことをするそうだ。例えば、人影を見ると必ずきつい言葉を相手に投げる。家族に反発して、村の外から毎日何かを拾っては家に持ち帰る。たとえ別荘群のゴミでも、家に持ってきたらトラブルになる可能性がある。家族は、どうすればいいか困っているという。

 お爺さんは孫の心配には全然興味なさそうだ。私たちを呼び、樹の上の果実を好きなように食べなさいと勧めてくれた。

 死ぬと同時に名前も消えてしまうようなお爺さんが、どうして悪辣な言葉で人を攻撃するのだろう。本当の原因は分からない。でも、どこかでかすかに感じる。攻撃するように相手へ声をかけることは、このお爺さんにとって、自分の存在を人に知ってもらう手段なのかもしれない。

 この村の変化を、どう考えているのか。昔この村はどんな感じだったのか。こんな質問をしてみても、老人は答えてくれない。ただ一言だけを繰り返す。「今日はいい人に出会えた!」

 一緒にいる彼女は、人の家で一時間でも二時間でも喋りたがっている私を見て、あることを言い出した。「この村で一番貧乏な孫(ソン)お爺さんの家に連れていってあげる!」。私はすぐ賛成した。

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 孫お爺さんは先祖代々からの農民で、若い時から貧乏で有名だったらしい。嫁さんをもらうにも大変苦労したそうだ。30代で病気持ちの女性と結婚して、いまは二人の息子がいる。一人を大学に行かせるために、もう一人をこの村から出して働かせている。

 この村の耕地がなくなってから、国は山林保護員の仕事を村の人に与えた。孫お爺さんその一員になれて満足しているという。一カ月400元(5800円)のお金は、孫お爺さんにとって大きな報酬なのだ。

 自分の名前も書けない孫お爺さんは、毎月給料をもらう時に必ず文句を言われた。この話を聞いた彼女は、北京市内で印鑑を作ってプレゼントしてあげた。孫お爺さんは25年前に一度、北京市に行ったが、その後は自分の村さえ出たことがないという。

 北京に全く興味のない孫お爺さんの家は、塀も庭の門もなかった。突然入った客を見て喜んだのは、孫お爺さんの奥さんだった。奥さんは鍋のふたを開けて、山で働く旦那さんに用意している昼ご飯を見せてくれた。ある種の天真な笑顔をしていた。

 鍋の中身を見たとたん、私は言葉を失った。何と鍋には豆とお湯しかなかった。水蒸気も同時に噴き出してきて、孫お爺さんの奥さんは熱気で火照った分、さらに幸せそうな顔で言った。「外でうちの旦那さんを見かけたら、早く戻ってご飯を食べてくださいと伝えてね!」

 鍋の中の豆は、ひとしきり沸き立って音をたてている。その瞬間、貧乏の中でごく平凡に生きるこの家族を羨ましいと思った。

 その日は結局、貧乏で有名な孫お爺さんに会うことはできなかった。でも、豊かとは言えないこの村で、塀も庭の門もないこの家で、一種の温かみが満ちていることは確かに感じることができた。

(この回、終わり)

(12/27)





于 前(YU QIAN)

中国北京生まれ。フォト・ジャーナリスト。現在は東京を拠点に、中国大陸、香港、台湾の雑誌などに日本をテーマとした記事や写真を発表している。著書に「チャイニーズレンズ」(竹内書店新社)。



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