希望の色(1)
文・写真 于 前
一カ月ぶりに北京へ行っても、あまりの変わりように驚くことが多い。
実家があるビルの近くに新しいオフィスビルが建てられ、そのビルの屋上にのっている巨大な看板は、まぶしい光を放っている。おかげで太陽が沈むと、実家の部屋にネオンの光が当たり、怪しげな赤ピンク色に染められるのだ。
不自然な光を見て、私はイライラして納得できなかった。
でも高齢の両親は、私の怒りを聞くまで、その光に全く気づかなかったと言う。
母は意外にも、残念そうな口調で言った。「少しでも若ければ、もっとその色をハッキリ見えたかもしれない」。父もうなずいて笑った。「もっと明るくなったら、こちらも毎晩電気をつけずに済んだのではないか」
世の中のすべてに対して気がゆるんでいる両親の楽観的な答えを聞いて、私は一瞬、鼻の奥がつうーと酸っぱくなり、また渋くなった。
最近、中国と日本の二つの国を行ったり来たりする生活に、時々そわそわと落ち着かない感じがする。日進月歩の「変化」の中で生きる時、様々な選択と判断の方向感覚を失うことがある。多様なムードの中で頑張るには、強い精神力が必要だとわかってきた。
去年の夏、私は友人と一緒に内蒙古まで取材に行った。北京から内蒙古に向かう列車の中で、若い映画俳優のFさんと知り合った。大学で映画監督を専攻したFさんは、卒業してすぐ監督になるつもりだった。でも運命のいたずらで彼は一本の映画に出会い、俳優として先に名前が売れた。
その映画は国際映画祭で賞を取ったほどの話題作で、Fさんは映画のために体重を125キロまで増やし、普通の人より低い知能を持つという重要な役を上手く表現できたとして、中国の中で注目を浴びた。
温厚篤実な笑顔と大きな体型を見た時に私は若干ビックリした。一緒にいた友人はすぐFさんに声をかけて、彼のすばらしい演技を賞賛した。意気投合し、話は盛り上がった。
Fさんは真剣にいろいろとしゃべってくれた。「俳優になってから、自分はいまの社会を甘く見すぎだと分かった。若いから何も急ぐ必要はないことが認識できた」
映画監督として映画を作る夢はいつ実現できるのか、と聞いた時にFさんはこう言った。「たまたま映画俳優として認められているので、このチャンスを生かしたい。それから稼いだお金で、また留学します。まだ若いですから」
「若い」「若い」という言葉はとても力強く聞こえた。その映画を見てなかった私は、映画については何も話ができなかった。しかし留学を夢見て頑張っている青年を見て、自分の昔を思い出した。
一方で、まさか我々の会話を聞いて、一晩中眠れなかった青年がいたとは思いもしなかった。座ったままで暗い表情を見せる青年に、私の友人は声をかけた……。
(次回に続く)
(05/12)