希望の色(3)
〜教えられた「伝説」を訪ねて〜
文・写真 于 前
内蒙古から北京に戻った時、私はまた新しい発見をした。わずかの間に、実家の近くに6軒もの美容室が堂々と開業していた。並木に隠れるように建つ店を眺めた時に、一種深刻な危機感が全身に走った。
私は知っていた、どう見てもこれらの店は「裏の商売」をやっている可能性が大きい。
夜、私は再び美容室を観察した。明かりがつき、内装と中にいる人の姿がハッキリ見える。6軒のうち5軒で、短いスカートをはいた女の子が暇そうな表情でうろうろしていた。
地方で同じような店を見た時に、私は興味津々な気持ちで笑ったことがあった。でも、実家の住宅地にこのような不気味な店を見つけ、気分はまるで、降り続いた雨がようやくやんだ晴れ空に、さらに大きな暴風雨が襲ってきたような、無力感に包まれた。
自分の気持ちが落ち込むと、同じように落ち込んだ人の心が理解できるようになる。内蒙古へ行く列車の中で出あった暗い青年の表情が私の目の前に現れてきた。頭の中で、自分は列車の座席から外を見ようとしている。でも目の前は灰色にしか見えない。希望の色はかき消されていた。
さっそく旅行会社に勤める友人に電話をして、暗い青年の話と青年が教えてくれた「縁起もの」について確認した。電話の向こうの友人は言った。「それは“貔貅”(ヒキュウ)というもので、存在の真偽はわからない。単に信じるか信じないか、というしろものだ」
辞書を出して真剣に“貔貅”を調べたら、「伝説の猛獣の一種」という説明しかない。
次の日、同じく “貔貅”を全く知らないYさんと一緒に“貔貅”の言い伝えが残る場所――鼓楼を訪ねた。北京の中軸線に位置する鼓楼は有名な建物で、登ると北京の景色が眺望できる。
私はチケット売り場の人に、すぐに質問をした「“貔貅”を買いたいのですが、どこに行けばいいのでしょうか?」
私のような客はめったにいないらしく、売り場の女性は、ちょっと戸惑う表情を見せたあと、笑いながら「チケットはいりません」と、建物の後ろにいくよう教えてくれた。私は20人ぐらいの団体客の後ろについて、建物の裏にある門に入った。
まず視界に入ったのは、「写真撮影禁止」と書かれた幕と監視カメラだった。四方を見渡すと、白い壁に北京の建物を撮影した写真がきれいにはってあった。
ガイドのがなりたてるような声が私の耳に届いた。「北京の建物は全部風水と深いかかわりを持っています。ある銀行のビルの前には三つの旗竿が立っている。しかし、その旗竿に旗が掲揚されたことはありません。その旗竿は三本の線香のような役割をしているのです。おかげでこの銀行は商売繁盛。頭取もますます偉くなっています」
ガイドの話題は自然に“貔貅”に移った。「もちろん線香より力を持つ主は“貔貅”しかない。北京、上海、香港の大きな金融街の建物の前には必ず“貔貅”が立っていることを皆さんご存じないでしょうか……」
ガイドは赤い絹織物をかぶせたものの近くに止まると、わざとらしく神妙な表情をつくり、パッと絹をまくり上げた。
現れた石像が“貔貅”だった。大きな口をあけ、遠くを見つめている。口の中には人民元の紙幣がいっぱいに詰め込まれていた。
「この動物の口をさわらないようにしてください。でも、お尻は触らないと行けない」。ガイドの声は興奮気味だった。
ツアー客は列を作り、うやうやしく“貔貅”を触った。
真剣な大人達の表情と、石でできた「動物」の口の中に挟まれたお金、暗い部屋、囲まれた空間、滑稽な雰囲気に満ちているように思えた。
皆が興奮している時、私は別の門を見つけた。遠慮せずにそのまま入っていくと、同じように部屋の壁には写真が並び、やはり“貔貅”の像が置いてあった。
私とYさんが別の部屋に入ったことは、監視カメラがとらえていたようだ。厳しい表情をした女性がやって来て「ガイドの話を守って、離れないようにしてください!」
無理やりに小さい部屋に案内された。30人ぐらいの客は、ぎゅうぎゅう詰めになっていすに座っている。全員の視線はガラスのカウンターに集まり、ガイドが立って説明している。
一幕の新劇を見るような気持ちで私は事の次第を観察した。
ガイドの鋭い声。「今日ここで“貔貅”と会えることは皆の運命なのだ。“貔貅”を買うことを無理に勧めはしません。しかし、欲しいのならば、家まで連れて帰るべきです」
“貔貅”の置物の値段は、一つ2000元から200元まで何十種類もある。しかし、すぐに買おうとする人はいなかった。
ガイドは根気よく説明を続けた。
「今日ツアーに参加してくれた人は同じ仲間です。仲間なら、団結することが一番。この仲間のために200元の“貔貅”を150元にしてもらいましょうか?」
「宣伝」の効果が現れてきた。一緒に来たYさんが声を上げた。「日本には“貔貅”は無いでしょう。プレゼントしてあげるよ!」
私はぐっと彼女を押さえた。
“貔貅”を売る現場を見に来た私は冷静だけれど、連れは簡単に「わな」にはまった。
いくら“貔貅”に興味を持っていないと説明しても、Yさんは全く聞かずに、お金を出そうとした。
お金を出そうとする人が一人出てくると、ほかの人たちも騒ぎ始めた。ガイドが言っていた団体精神も、真っ赤な嘘ではなかった……。“貔貅”から離れても、Yさんの文句は続いた。「150元を出して、希望を持った方が楽しいじゃない?」
私は最後まで彼女に賛成できなかった。本当に人の希望の色を変える力があるのなら、そんなに沢山監視カメラを置く必要もないし、警戒心のある目つきで私たちを見る必要もないはずではないか……。
(終わり)
(06/13)