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漫歩寄語

美酒加珈琲

文・写真 于 前

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 癒しを求めて、お酒を飲み、更にコーヒーを味わって日々を過ごすことを「情 緒豊かな生活」のひとつ、と言ったら、反論する人が出てくるかしら?

 このような生活は、私にとってかつて全く想像できないことだった。

 時々、お酒を口に入れた瞬間に、たくさんの思い出が湧き出てくる。

 70年代に中国でテレサ・テンの歌がはやった。彼女の歌は、いつ聴いても 心地よくて甘い。そのためにテレサ・テンの歌は、逆に、みだらな音楽として 一時期禁止された。隠れてテープ・レコーダーから流れる歌を聴き、刺激を受 けた。

 美酒にコーヒーを加える

 私はただ一杯を飲む

 過去を思い出して更にもう一杯飲みたくなる。

 「美酒加珈琲」という曲は、愛情豊かなメロディーで、お酒を飲んでいる女 性が、好きだった男性のことを思い出して、更にお酒を飲みたくなる感情を歌 っている。

 ただ、私には疑問が残った。男女の愛にではなく、お酒とコーヒーに納得 ができなかった。

 毎日お酒を飲んで、更にコーヒーを味わって、享楽にふけっている国に住ん でいる人たちが存在するのだろうか?

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 「地球上では、まだたくさんの人たちが苦難に満ちた生活の中で必死に生き ようとしている」。自分の幸せよりも世界の幸福を優先する教育を受けた世代の 私は、この歌に登場する美酒に酔いしれる場面が、不思議に思えた。 当時の心境と今の中国を比べると、時々何を言えば良いか分からなくなる。 いくら想像に任せても追いつかないほどの、変化の大きさだ。

 今の中国では、若者がバーでお酒を飲むことは、しゃれた過ごし方で、都市 の気風になってしまった。

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 初めて北京のバーへ行ったのは十数年前になる。その当時、夜、お酒を売る 商売はまだ良いイメージではなかった。店の電球の明るさも厳格な決まりがあ り、中で働く女性も「怪しい」職業と思われた。厳しいからこそ、お金にもな るに違いない。そのために、店側も知恵を絞っていた。

 ある日、私は日本人の友人と一緒に、あるバーに招待された。お金を出す人 は日本に留学して戻り、商売で金持ちになった男性。自分の成功を日本でお世 話になった人に見せたかった気持ちもあったのだろう。男性は常連客のように 店の人と挨拶し、お酒を飲み、わざわざ日本語ができる女性店員を呼んで、日 本語の歌を歌わせた。

 私と日本人の友人が驚いたのは、最後に男性がお金を払った時だった。わず か2時間ほどで日本円にすると10万円にもなった。

 店を出ると日本人が怒った口調で言った。「こんなところに招待されてもうれ しくない。中国人でも、日本人でもこれだけの金を稼ぐことは簡単ではない。 日本で苦労した日々を忘れないで欲しい」

 北京で初めて飲むお酒は、気まずい思いで別れた。当時そのような店は珍し かったので、高くても客がいたのでしょう。でも、その店は、高い以上に何の 印象も残しはしなかった。

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 いまの北京は、バーが多種多様で、競争も激しい。

 私が日本の雑誌に紹介できる北京のバーを探していた時、友人がすぐに店を 紹介してくれた。

 場所は北京北海公園の北側にある「後海」で、今ではすっかり人気スポット になっている「煙袋斜街」にある。

 興味津々で行ってみると、確かに驚いた。何と道教の寺院を造り変えた「温 室珈琲」という名称で、実際はバーを営業している。

 店の外観は寺院で、中に入ると、現代的なソファ、濃い黄色のなまめかしい 照明。店の中は狭くて、何が何だか、すぐ分からない。

 「西洋人が教会をバーにするかしら?」。私はため息をついた。

 友人は熱心に説明してくれた。「店の中がすぐに分からないことを、『女性の 心のような店』と表現していた文章を読んだことがある」

 二人とも笑った。

 救いは、店の屋上が開放されていること。

 屋根から寺院を見ると不思議な感じがした。注文したのは店特製の道教寺院 のお酒。「何をベースに作っているのか」店員に尋ねたが、答えてはくれなかっ た。

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 屋上から見た赤いともし火と緑のお酒、とてもにぎやかな「煙袋斜街」はま さに繁盛している。

 こういう場所が、現代的でおしゃれなスポットとして雑誌に登場し、街は更 ににぎやかになるに違いない。

 でも、お酒と珈琲、寺院と現代の光、これって、文化や芸術の香りが色濃く 漂っていると言えるのだろうか。

 流行の中にいる時、自分が時々むなしい気分になる。

(09/28)





于 前(YU QIAN)

中国北京生まれ。フォト・ジャーナリスト。現在は東京を拠点に、中国大陸、香港、台湾の雑誌などに日本をテーマとした記事や写真を発表している。著書に「チャイニーズレンズ」(竹内書店新社)。



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