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日本ファンになった中国人

2007年09月06日

文・写真 于 前

 「2008年の北京オリンピックまでに、一回ぐらいは日本に中国ブームがくるだろう」

 こう期待することは筋が通っていると思っていた。

 ところが、このところ日本での北京の話題はなぜか明るいものが少ない。段ボール肉まんやニセ卵の話はあまりにもリアルすぎた。これが北京のイメージに暗い影を投げかけたように感じる。

 段ボール肉まんのニュースは結局、事実ではなかったが、それでもしばらくの間、人々の頭の中から簡単に消えないことは確かだろう。

 「今度北京で肉まんを食べたら、どうしても中身をチェックしてしまうでしょうね」

 こう話す友人に、私も「うん、その気持、何となく分かります」と答えるしかなかった。

 最近、北京の二文字を出すと日本人が何となく引いていく気がする。北京がこんなにマイナスイメージの都市になるとは夢にも思わなかった。

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 こんな話があった。

 日本の大手企業で働く中国人のJさんが突然転勤になった。行き先は北京。

 日本の給料をもらって、中国で働き、さらにオリンピックの時も北京にいられるなんて、日本に住んでいる多くの中国人にとってはまるで魚が水を得たような話だ。ところが、Jさんはこの転勤辞令を受けて真剣に悩んだという。Jさんの妻が日本人だからだ。

 「妻はこれから北京へ行かないといけない」と思うだけで、不安になったらしい。日本暮らしが長い中国人のJさんも短期出張で北京に行ってたくさん不思議な思いをし、ため息をついたのだという。

 日本の会社の同僚から受け取ったメールは「北京で段ボール肉まんを食べていませんか?」だった。

 ところが、中国にいる中国人の仲間も日本のことを心配していた。

 「日本は地震がいつか来るのか分からないし、温泉も爆発する。遊園地では事故が起きるし、台風、年金問題もある……」

 日本の情報は驚くほど早く中国で流れているのだ。「それだけが日本じゃないのよ」と反論したくても、中国の仲間に一言で理解してもらうのは難しい。

 しかし、日中の間にかかわる報道はなぜ、悪い面ばかり強調されるのだろう。

 Jさんは「妻に北京の良いところを知ってもらい、安心させたい」と私に会うたびに言った。

 私も北京の人間として何を伝えれば強くアピールできるか真面目に考え、奥さんに聞いてみた。

 「一番の心配は何ですか?」

 「そろそろ子供もほしい。でも北京では……。不安です。」

 「はっ? 子供? 中国は13億人も産んだのよ! 何が……不安?」

 Jさんは「どうしようもない」という表情で笑った。

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 家に帰って、私は北京で撮った写真を一枚一枚開いた。何か困った時、私はよく写真から答えを探し出す。

 女性が私に笑いかけている写真が一枚、出て来た。

 去年の夏に外国の本を出版する会社で知り合ったKさんだ。彼女は日本が好きで、どうしても自分の手で日本の本を出したいと思い、たくさんの企画を持ってきた。

 日本から中国に戻った私を見て、Kさんは純粋に喜んでくれた。「日本の話なら何でも聞きたい」と笑顔で私に近づいてきた。だが、何から話しを始めたらいいのか、しばらく言葉を見つけられなかった。

 Kさんはその日、自分の住まいまで私を案内してくれた。

 一人暮らしのKさんの部屋を見て驚いた。

 部屋の中は、木村拓哉の写真だらけ。パソコンの壁紙でもキムタクの写真が笑っている。

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 それから3カ月。彼女は会社を辞めて、中国の南にある実家に戻った。戻る前、彼女から贈り物がきた。それはキムタクの写真ではなく、北京の風景写真だった。

 私は質問した。

 ――北京を離れる心境は?

 「北京のことがとても好きになったわ」

 ――どうして?

 「よいものならだれだって、それが好きになるでしょう。特にこれといった理由はありません。ただ、北京が良かったから」

 北京を出発する時、彼女は日本の本を出すという自分の夢については一言も触れなかった。

 日本ファンの彼女はなぜ、せっかく北京で探した夢を置いたまま、途中で帰ってしまったのだろうか?

 日本と中国の間をいつも行ったり来たりしている私にとって、彼女の結末は寂しく、残念だった。

 いつの日か彼女のような中国の日本ファンが、もっともっと自由に日本に来られるようになったら、日本と中国、そして中国と日本の距離もさらに短くなるだろうか。

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