現在位置:asahi.com>中国特集>漫歩寄語> 記事

ペンギンの目

2007年12月05日

文・写真 于 前

 お金の記号を表す黄金色の「$」の目が私をにらみつけていた。北京動物園のおもちゃ売り場で一番目立つ場所に置いてあるペンギンのぬいぐるみだ。笑っているのか、驚いているのか。愛嬌たっぷりの顔をじっと見ていると、中国に押し寄せている時代の波がどれほど巨大なものか、痛いほど感じた。

写真

 「こんなペンギンを作るなんて。本当に中国らしいですね」

 一緒にいた日本人の編集者が屈託のない声で笑った。

 この「$」の目のペンギンを見て以降、しばらくの間、目の前の光景のすべてが一瞬にして、「$」に変化してしまうような気がしてきた。

 確かに中国では地方に行っても、至るところで「$」が目に付く。

 太原のある本屋へ行った時だった。 階段に座って熱心に本を読んでいる若者を見かけた。何を読んでいるのか、確かめようと近づいたところ、いきなり目に飛び込んできたのはダンボール紙に書いた短い文字だった。

 「階段席:1時間5角」

写真

 隣にいた日本人が大笑いした。

 「中国の人にしかできない発想ですね!」

 「階段まで利用して商売するとは…」。私は嘆息し、自分の体が凍りついたような感覚がした。

 私が生まれた時代、お金がないことは美徳ですらあった。このような場面を見ると、思わず昔の中国を振り返ってみたくなる。

 今の北京は、得体の知れない熱病に冒されているようだ。まわりの誰もが、お金や株式投資の話題ばかり口にする。

 文芸書籍の本を出版する出版社の編集者に会った時、分厚い本をプレゼントされた。タイトルは「新しい株投資家になるために」。

 「どうして急に株の本を作るようになったのですか?」。思わず聞いた。

 「そりゃ、株の本が売れるからですよ」。答えを耳にした途端、自分が幼稚で愚かな質問をしたことに気が付き、赤面してしまった。

写真

 多くの人が熱くなってお金の話題をする中、いつも理性のある態度で分析してくれる人がいた。60代の男性Dさんだ。

 一緒に仕事をした縁で、私が中国に帰るたびに顔を合わせるようになった。

 いつもは「最近どんな本を作ったか」という話題から会話が始まるのに、今回最初に聞かれたのは「まだ株を買っていないのか」だった。

 Dさんの話では、2月に買った株が6月に4倍になったという。9月になって半分落ちたが、中国経済の発展を信じるから、株を買い続けることに意味がある、と主張する。

 話を聞いて、私は刺激を受けた。

 「確かに銀行の利子は少ない。いま、資産運用を考えないと……」。

 自分はもう時代に乗り遅れていると思い、心の奥に小さな危機感が芽生えたのは事実だ。

 私は遠慮せずに、一番聞きたいことをDさんに率直に問いかけた。

 「平等を目指して共産主義社会を作ろうと人生の大半を革命の信条に捧げた人間として答えてください。株をやろうとする時、資本家は人民を搾取するというような言葉が頭に浮かびませんでしたか」

 「ハハハ。時代も時代だから。いつまでも勉強しないと……」

 時代に遅れているのは私か?

 あのペンギンのぬいぐるみは売れているのだろうか?

 ぬいぐるみを買った人は自宅であの目を見て、何を思うのだろうか?

このページのトップに戻る