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纏足の「捜査隊」

2008年04月23日

文・写真 于 前

 北京と言われて、すぐに頭に浮かぶものはなにか。こう問われると、私はアヒルの皮をパリパリに焼いた「北京ダック」、中国の伝統的家屋建築「四合院」、そして「小脚偵シュウ隊」(シュウは糸ヘンに、口の下に耳)の三つを上げることにしている。

 小脚偵シュウ隊といわれてすぐぴんと来る人は少ないだろう。

 小脚偵シュウ隊の「小脚」は纏足(てんそく)のことだ。女児の時から足指に布などを巻き付けて、親指以外の足の指を大きくしないようにした中国の昔の風習だ。また、「偵シュウ隊」は「捜査隊」を意味する。つまり「纏足の捜査隊」というわけだ。

 小脚偵シュウ隊は地域の安全を守るために、住民委員会(町内会)で働く、仕事を持っていない年配の女性たちのことで、昔は纏足の人たちが多かったからこういう呼称になったと聞いている。子供の頃、大きな会議やイベントがある時に、町中で「治安」と書かれた赤い腕章をつけた小脚偵シュウ隊の姿をよく見かけた。いまでは、纏足の女性を目にすることはまれだが、市中ではいまだに「小脚偵シュウ隊」の呼称が使われている。

 誤解しないでもらいたいが、「小脚偵シュウ隊」の呼称に悪い意味はないし、賞賛の意味もない。

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 住民委員会は中国では一番の下部組織。その存在は市民の生活と密接に繋がっている。私が子供のころ、夫婦げんかの仲裁から、カギをなくして家に入ることができない学校帰りの子供まで、小脚偵シュウ隊の女性たちがすべて面倒を見てくれたことを覚えている。今でも女性は妊娠したら、まず住民委員会に報告する。妊娠後に必要な証明や書類を出してくれるからだ。

 十数年前になるが、私が北京に住んでいた当時、市民の人間関係はいまより密接で、時に親切すぎるほどだった。そういう環境だったから、互いのプライバシーに触れても、特に違和感はなかった。

 そんな北京での人間関係に慣れ親しんでいたので、来日した当初は、日本の人間関係の希薄さに順応するのにかなり時間がかかった。地震が起きても近所の誰も騒がないし、救急車が来ても、だれも様子を見に表に出てこない。外国人が隣に住んでいても「何か困っていることはないですか?」と聞く人もいなかった。

 が、時は人を変える。

 日本で暮らすうちに、人間関係に距離を置いた方が楽だし、プライバシーの尊重は美徳だという意識が強くなった。いつの間にか北京に帰って小脚偵シュウ隊の姿を見かけると自然に避けるようになった自分に気づいた。

 しかし避けると余計気になる。気になるとその存在はもっと大きくなるものだ。

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日本から北京に戻ると、タクシーからスーツケースを降ろした瞬間にいつも小脚偵シュウ隊の質問を耳にする。

 「戻ってきましたか」

 「はい」

 私の返事はいつも一言だけ。

 そんな姿を見て母はすぐ、私に警告した。

 「住民委員会の人にあったら、ニガウリを口にした時のような顔をしないように・・・」 一年前のひどく寒い冬の日のことだった。ある出来事が、私の小脚偵シュウ隊の印象を大きく変えた。

その日私は自宅のマンションの下で焼き芋を買おうとした。

 「焼き芋を二つ」と言った時だ。太った小脚偵シュウ隊のお年寄りが近寄ってきて、焼き芋売りのおじさんを質問攻めにした。

 「どこから北京に来ましたか」「結婚していますか」「北京の寒さになれましたか」

 矢継ぎ早の質問に、おじさんはひとつ一つ真面目に答えた。

 2分間もたたず、おじさんは河南省の出身で、奥さんと子供3人で北京に来て、まだ半年だということが分かった。

 小脚偵シュウ隊はさらに質問を続けた。

 「きのう、マンションの下で果物を売っている中学生を見かけたが、息子さんですか」

 「息子です。妻が病気になったので、息子が代わりに・・・」

 話の腰を折って、小脚偵シュウ隊が語気を強めて言い放った。

 「それはいけません。学校に行かせないと将来ダメな人間になりますよ」

 「でも・・・・」。おじさんは困った表情を浮かべ、反論を試みようとしたが、次の言葉を口にすることができず、黙り込んでしまった。

 私は焼き芋のことなど忘れてしまい、興味津々で二人の会話に耳を傾けた。

 「このマンションに家政婦を探している人がいますよ。奥さんの病気が治ったら紹介してあげます。でも条件があります。息子に勉強させ、仕事をさせないこと」

 2人の会話を聞いて、私の胸は何ともいえない懐かしさで満たされた。

 今では小脚偵シュウ隊には若者も加入できるようになり、わずかながら手当も出るようになったという。

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 北京では古い四合院の平屋が更地になって、新しいマンションが乱立するようになった。新しい住宅地が次々に増え、こうした場所に移り住みたい人のことを指す「小区志願者」という新しい言葉も出てきた。

 時代の流れの中で、世話好きな小脚偵シュウ隊はどう移ろっていくのだろうか。懐かしい、あのおばあさんたちの後ろ姿を静かに見守っていきたい。

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