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少女の笑顔

2008年5月27日

  • 文・写真 于 前

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 四川省ブン(ブンはサンズイに文)川県で起きた大地震。毎日テレビの前に座り、画面に映し出される惨状を見ると、胸が痛くなる。

 一年半前の出来事が、なお記憶に新しい。私はある仕事で2週間、四川省の山奥を訪ね、写真を撮った。当時、ブン川県の丹巴で出合った17歳の少女を思い出す。あの時に見た風景が、映像のように頭に浮かんでくる。

 出発前、人がいない地域を回ることも多いので、女性一人で車を運転し、山岳地帯を取材するのはあまりに危険だと周囲にさんざん言われた。そんなわけで、私は北京に住む女友達を誘って、紹介者の40代の男性と3人で出発することにした。

 チャーターした車の運転手は四川の人だった。四川の山岳地域で数年間、軍隊生活をしていたため、現地の情況はかなり詳しかった。

 ある日、運転手が突然こんなことを口にした。

 「仕事はもう半分済みました。少し気分転換して、中国の十本の指に入るという美しい村へ行きませんか?」

 そこには「美人谷」と呼ばれる場所があるという。私は深く考えずに、すぐに行こうと決心した。

 丹巴に入った時は、すでに夜の帳(とばり)が降りていた。

 運転手が予約してくれていた宿の前で車を止めた。すぐ一人の少女が飛び出してきて、私たちを迎えてくれた。

 車のライトの光に照らし出された少女の顔は素朴で、とても美しかった。

 食事の用意はすでに整っていた。

 私たちは食べ物を口に運びながら、この少女にいろんな質問を浴びせた。

 年齢は17歳であること、この仕事を始めてまだ短いこと、でも自分の力で生活が出来て、とても楽しいことなどを私たちに話してくれた。 彼女の話がもっと聞きたくなった。食事が終わったところで、旅館の女将(おかみ)に町の中を簡単に回りたいと申し出て、許しをもらい、少女に案内してもらった。

 正直を言うと、北京から来た私たちは、周りの風景を見るよりも、この少女の生活、考え、夢を知りたかった。

 「毎月いくら稼いでいるか」

 中国人なら、ぶしつけにすぐにぶつけるこの質問にも少女は全く臆せずに答えてくれた。

 「400元です」

 400元? 私たちがチャーターした車の1日分の3分の1ではないか。

 その場から会話が一瞬消え、気まずい空気が流れた。私たち全員が黙り込んでいるのを見て、少女が笑った。

 「ここで働くと住む場所も食事もお金も要らないので、このうち350元は両親に送っています。これで両親の生活も弟の学費も解決できるのですよ」

 こう話す少女は、本当に汚れがなかった。美しい若さ。純朴な表情のひとつ一つが、私の脳裏にしっかりと刻みつけられた。

 少女に町を案内してもらって旅館に戻った時、連れの男性が突然立ち止まった。

 「ねえ、北京にきませんか。レストランのウェートレスなら1カ月で800元から1200元稼げる。そうしたら、両親にもっと送金できますよ」

 どうしてそんな約束をするのか。私は内心、そう思って、みんなの顔を見回した。

 女の子は全く疑いを知らない表情で言い返した。

 「友達の一人がもう北京に行っています。私も行きたかったけど、父と母の許可がないとダメなのです」

 「1人が怖いなら友達の1人を誘って一緒に来てください。友達のレストランなら紹介できる。後で電話番号と連絡先を渡すので、北京に来ると決めたら、すぐ連絡してください。交通費は送ります」

 2時間もたってない出会いで、こんな大きな約束をすることが彼女にとって本当に良いことなのだろうか。

 少女が席を外した後、私たちは同じ部屋に集まった。

 男性はこんな約束をしたのは始めてではないという。

 「何年か前、へんぴな少数民族地区に行った時、ある少年に出会った。とても純粋な少年だったから、別れる時に自分の電話番号と連絡先を渡して、北京へ連れて行って上げると伝えたのです。北京に戻ってからその約束を忘れたころ、一通の手紙が届きた。少年の母からの手紙だった」

 男性の言葉が重くなった。

 「少年は私の約束を聞いた日から、毎日私と別れた場所で私を待っていたというんだ。必ず自分を迎えに来ると信じていたらしい。私は自分の口約束で人の人生を混乱させたことに始めて気づいた。私はすぐ現地に行って、少年を北京に連れてきた」

 「その少年はいまどうなったの?」

 私は聞いた。

 「馬を訓練する会社で、馬の管理の仕事に就いている。今は騎手になって、最近北京で結婚したよ」

 その話を聞いて、私は少し安心した。

 しかし複雑な心境だ。もしこの少女が、その少年と同じように北京に来たとして、それは彼女にとって本当に幸せなことなのだろうか。

 翌朝、彼女は私達の前に来て笑いながら答えてくれた。

 「父も母も北京へ行ってもいいと言いました。でも今すぐにではなく、春節が終わってから」

 その後どうなったのか。日本に戻ってから、あの少女の記憶が薄れてきていたが、地震で突然彼女のことを思い出した。

 あの笑顔は今、どうなっているのだろうか。

 あの少女のために私は何をすれば良いのだろう。本当にやらなければならないことはまだたくさん残っているはずだ。

于 前(YU QIAN)

 中国北京生まれ。フォト・ジャーナリスト。現在は東京を拠点に、中国大陸、香港、台湾の雑誌などに日本をテーマとした記事や写真を発表している。著書に「チャイニーズ・レンズ」(竹内書店新社)。

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