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ケンタッキーの香り

2008年10月7日

  • 文・写真 于 前

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 古い写真を参考に修復整備したような街――。そんな前門大街がリニューアルしたのはオリンピック前のことだった。

 保留すべき建物と保留する価値がない建物。再開発の波の中で、その両方がブルドーザーによって次々と取り壊された。崩れた壁や塀の前で、喜ぶ人もいれば、落胆してふさぎ込む人もいた。

 前門は故宮の真正面に位置している。それが「前門」と呼ばれるようになった理由とされている。私は小学生の時から、よく両親とこの前門へ行った。中国の服と生地を売っている瑞●祥、布靴の老舗内聯昇。行くたびに必ず回って見た場所だ。

 そこでは北京ダック専門店の老舗レストランよりも、漬物で有名な天源醤園の方が親しみを感じた。漬物はうまくて、大豆と小麦粉で作った甘辛い味噌「黄醤」もかなりのものだった。

 前門大街の一番の特徴はにぎやかさだ。ここにいると全国の方言が耳に飛び込んでくる。地方から北京に来た人は天安門広場で記念写真を撮って、かならず前門に来るからだ。

 前門大街は不思議な場所だ。通りを一本間違えると、異様な風景が広がる。ごちゃごちゃした細い道に小さな建物が並ぶ胡同。整備が出来ていない環境の中に生活する人々がたくさんいる。天安門から出たら、どうしてこのような風景になるのか。この疑問は私の心の中に深く突き刺さっていた。

 近年、前門はますます北京の中の特異な場所になった。長年修理されずに放置されていた建物も北京政府の悩みの種になったと言われた。

 それでも日本から北京に戻ったら、私は前門へ行くことを忘れない。この街に足を運べば、歴史の一番重要なものに触れた気がするからだ。

 タクシーに乗ったら、必ず前門ケンタッキーの前で降りる。1987年に開業したこの店は当時の北京に嵐のような騒ぎを起こした。前門ケンタッキーは中国全土で初めて登場したケンタッキーの店。当時、3階建ての建物は世界最大級のケンタッキーの支店といわれた。西洋式のファストフード、世界のもっとも腐った資本主義と言われた「アメリカ」が堂々と前門に立ったことは、中国人の私にとって一種の挑発に感じられた。

 ところが、しばらくして前門でケンタッキーを食べることは北京の最新のファッションになった。私も前門に行き、ケンタッキーに足を運んだ。

 まず横目でちらと見て、外まで並んでいる客を観察。フライドチキンの香りを吸ってから、窓ガラスに映った中国の旗が相変わらずはためいていることに安心を感じた。まだ高校生だった私は1人で入る勇気がなかった。

 しかし、ある日のことだ。担任の教師が突然、切り出した。

「皆でケンタッキーを食べに行こう」

瞬間、教室に歓声がわき起こった。1カ月もお金を貯めて、7人の高校生が担任に引率されて、生まれて初めてケンタッキーを口にしたのだ。

 骨がついてない鶏肉は、今まで口にしたことがないほどおいしかった。あの時のケンタッキーの味は今も忘れられない。

 それから4年後。日本にいる私はある日本人の学友に聞かれた。

 「どうして中国人はケンタッキーの白い髭のおじいさんと一緒に写真を撮るのが好きなの?」

 その人は日本の新聞を出して新聞に載っている記事を見せてくれた。

 学友にどう答えたか、今はなにも覚えてない。

 でもその時、確かにカバンの奥には、北京に帰った際に私の家族全員が前門でその白い髭のおじいさんと一緒に写った写真が大学の教科書にはさまれていた。

 世の中は変わる。ケンタッキーはもはや特別なことではなくなった。

 いまでは世界中のブラント品が前門にやってくるのだ。そして誰も興奮を感じなくなった。

 私は一つだけ心の中で願っている。新しい前門大街にはもうテーマパークのようになって欲しくないと。

 (●は虫へんに夫)

于 前(YU QIAN)

 中国北京生まれ。フォト・ジャーナリスト。現在は東京を拠点に、中国大陸、香港、台湾の雑誌などに日本をテーマとした記事や写真を発表している。著書に「チャイニーズ・レンズ」(竹内書店新社)。

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