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日本式教育と中国式教育

2009年01月05日

  • 文・写真 于 前

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 日本にいた時のことだ。「ドン」という大きな音がして、私の目の前で子供が転んでしまった。

次の瞬間、私の耳に入ったのは子供の泣き声ではなく、自分の足ですっくと立ち上がり、「ぼく、大丈夫だよ」と母親に語りかける声だった。

 どうして、日本の子供は転んでもあまり泣かないのだろう?

中国では、軽く転んでも、大げさに泣き出す子供が多い。親が大きな叫び声を出して、その声に驚いて大泣きするのかもしれないが・・・。

 「転んでも泣かない日本の子供」は中国の雑誌や新聞もたびたびテーマに取り上げる。中日教育の差として論じるのだ。日本の子供は小さい時から「自立と挫折」について教育を受けていると評価され、日本式の子育てや教育の書籍も中国で人気だ。

 去年の夏、北京に帰った時、子供に手渡すプレゼントのことで友達と話題になったことがある。

 友人の2歳になる子供に小さいリュックを買ってあげたところ、喜んだ子供がこのリュックを背負って外出した。

 この子を連れて友人と歩いていたところ、知らない老婦人に声を掛けられた。「この子のお母さんは誰? どうしてこんな小さい子に荷物を持たせるの?」

 友人が路上で反論した。

 「このリュックは飾り物。中には何も入っていないから別に荷物にはなりませんよ」

 ここで黙っていればよかったのに、私は思わず友人の言葉を継いで、本音を言ってしまった。

 「でも飾り物としではなく、小物を入れて小さい時から自分のものを自分で持つ習慣をつけた方がいいですよね」

 婦人は少し声を荒らげて応えた。

 「それ、日本の影響を受けた考えですね。 でもリュックに何か入れて、この子が転んだら、大変な騒ぎになるよ。確かに日本の子供の教育方法は独自かもしれない。でも時々行き過ぎもある」

 「たとえば、どこが行き過ぎなのですか」

 私は少しムキになった。

 「たとえば、雪が降っているのに、裸のままで寒さに耐えさせるとか・・・」

 これには私は大笑いした。

 確かに、「子供は大人より一枚薄着で」という考えは中国にはない。むしろ正反対で、中国ではたとえ夏でも子供にたくさん着せる。子供を厚着で保護しようとする中国と、薄着にして体力をつけさせようという日本。考え方がまったく違うのだ。

 日本に住んで十何年。幸か不幸か、私はまだ裸の子供を雪中に置いて訓練する場面に実際に出くわしたことがないが、子供を裸にして寒さに耐えさせるシーンは日本式教育のイメージとして、中国人に広く知れ渡っているようだ。

 「子供が転んだら、あなたはどうするの?」。あとで友人に聞かれた。

 「私なら、すぐ子供を抱き寄せるでしょうね」

 いや、待てよ。思い出したことがある。

 ある日私が家の中で転んだ時のことだ。隣にいた娘が私の転倒を目の当たりにした。

 「軽く転んだだけじゃない。お母さんも自分で立ち上がってよね」。その時、娘はこんなことを言いたげな表情をし、私に何の声もかけてこなかった。

 こう説明すると、友人は、

 「娘さん、ビックリしたから、あなたに声をかけられなかったのではではない?」

と気遣った。

 いや、そうじゃない・・・。あの時の娘の表情を思い浮かべながら、私はいま、はっきりと思い出した。普段、この子が転んだ時、私はすぐ駆け寄って助けてあげなかったことを。

 「だから、私を真似して、娘からは何のいたわりの声も出なかったのだ」

 日本式と中国式。転んだときにはどちらがいいのだろう。いまだに分からない。

于 前(YU QIAN)

 中国北京生まれ。フォト・ジャーナリスト。現在は東京を拠点に、中国大陸、香港、台湾の雑誌などに日本をテーマとした記事や写真を発表している。著書に「チャイニーズ・レンズ」(竹内書店新社)。

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