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中国の新年で思うこと

2010年1月27日

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 日本の新年が終わると、中国の旧暦新年―春節がやって来る。中国では旧暦新年になる前の期間を「年関」と呼ぶ。

 この十数年、中国で「年関」を語る時、「黄世仁」「楊白労」「喜児」という人名がよく出てくる。80年代前に中国で生まれた人なら誰でも知っている映画「白毛女」に登場する人物だ。当時、この映画は中国の人の涙を大いに誘った。

 「白毛女」のストーリは難しくない。舞台は昔の中国。悪徳地主の黄世仁が貧農の楊白労の娘、喜児に目をつけ、楊白労から借金を取り立てた。借金が返せない楊白労は逃げていたが、あまりの苦しみに大晦日に自殺する。喜児は強姦され、山中に逃げ込み、髪の毛も真っ白になるほど苦労した…。ざっとこんな内容だ。

 2001年、自分の一人娘があまりにわがままに育ったことに不安を感じた父親が、若い時に自分が感動した「白毛女」のDVDを買って来て、娘に手渡した。娘を教育するつもりだった。

 娘は映画を見てから、父親にこう言ったという。

 「私が喜児なら喜んでお金持ちの黄世仁と結婚する。借金をした楊白労が逃げるのはおかしいわよ。借金したのだから、返すのは当たり前」

 社会の発展、経済の進歩、拝金主義…この現実の中、人の価値観が逆になっても不思議ではない。

 社会の変化に納得できる人もいれば、どうしても理解できない人もいる。この十数年、中国では黄世仁、楊白労、喜児についての論争が止まらない。

 異国の地で長く生活すると思い出を美化してしまう傾向がある。

 私は毎年「年関」を過す時、「白毛女」を思い出してしまう。映画のテーマ曲「北風吹」のメロディーが去来する。

 北風が あんなにも吹き

 雪が あんなにも舞い

 雪が あんなにも飄々としている

 新年が 来た・・・・

 私は経済的な負債者ではないが、精神的には負債者そのものではないかと思うことがある。自分が外国で生活することを選び、故郷にいる両親に寂しい思いをさせているからだ。

 ところが、今年は私にとって特別な「年関」になる。去年の春、カナダで生活している兄が80歳を越えた両親に頭をさげて「これ以上寂しい思いをさせたくない。今後の生活は私が面倒を見る」と言い出して、両親をカナダへ連れて行ったのだ。

 自分たちの老後で子供たちに面倒をかけないようにいつも強気な両親だったが、この話を聞いて弱気になり、涙が止まらなくなったという。

 中国は大きく変わった。とは言っても、まだ、まだ家族の結びつきは強い。自分の両親を施設に入れて、人生の終末を待ってもらうことは子供にとっては恥ずかしいことだ。施設で死んでいくことに覚悟が出来ていない老人も多い。

 中国では体が不自由になった時、お年寄りが利用できる施設や福祉サービスがまだそれほど充実してない。だから、最後に頼りにできるのは家族しかないのだ。

 社会システムに頼れない今の中国。それが幸か不幸か、まだまだ家族の繫がりはしっかりとしている。

于 前(YU QIAN)

 中国北京生まれ。フォト・ジャーナリスト。現在は東京を拠点に、中国大陸、香港、台湾の雑誌などに日本をテーマとした記事や写真を発表している。著書に「チャイニーズ・レンズ」(竹内書店新社)。

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